「別人格」の腕の振り

 【4月16日】

 能見篤史と一緒にYouTubeを見たことがある。動画の日付は2011年、4月19日。彼が巨人打線を相手に7者連続三振を奪ったときのものだ。特に能見本人が見たいと言ったわけではなく、こちらが聞きたいことがあったので、わざわざ見てもらった。

 あくまでマニアックな記者の目だが、能見のこの時のフォームがすごく格好いい。格好いいのワケは、そのポーカーフェース並に変わらない腕の振り。この試合を解説していた立浪和義は「直球と変化球の腕の振りが全く一緒」と話していたが、まったくその通り。小笠原道大、A・ラミレス、長野久義らを見下ろすような投げっぷりは、圧倒感がハンパなかった。

 動画を見ながら、技術的なうんちくをあれこれぶつけてみた。結論から言うと、ここで書き切れるほどシンプルなものではない。ただ、印象的だったのはプライベートの能見が「投手能見」を俯瞰して語った言葉。自身の動画を見ながら、彼はこう言ったのだ。

 「これ、僕じゃないですからね。マウンドでは別の人格が投げていると思ってもらえれば…。もう一人、別の自分がいるという感覚でずっとやっていますよ」

 どんなピンチでも、どんな快投でも、顔色を変えない。これは「7者連続K」から6年経った今も変わらない。だが、31歳当時から歳を重ねた能見を見て感じることがある。あの夜「全く同じ」だった腕の振りが僅かに鈍るとき、その要因は体力、技術的な問題よりも心に起因するのではないか、と。一記者に諭されても説得力がないかもしれないけれど、長年の能見ウォッチャーにはそう映る。好投した1週間前の巨人戦を見る限り、37歳にして洗練の成果がうかがえる。だから、余計に思う。

 この日、僕は能見と新井貴浩の対戦を楽しみにしていた。前回対戦では新井に屈した。絶妙の内角球を適時打にされた能見は僕に話していた。「これをいい布石にしますよ」。あれから2週間。この日、能見が新井へ投じた8球は全て外。配球云々ではなく、腕の振りが気になった。この試合まで新井との通算成績は打率・421。もちろん、走者を背負えばリスクマネジメントを優先する。初回は5番鈴木(対戦打率・205)との天秤で歩かせ、三回は外角へのシュートで併殺。危険察知を徹底できるから1失点でしのいだわけだが、新井を迎えると、苦手意識で腕の振りが鈍るように映るのだ。ちなみに、当の天敵に確認すれば、決して優位ではないと話す。

 「能見を得意だと思ったことは一度もないですよ。去年の対戦成績もよく知らない。・467?そんな感覚は本当にない。得意意識っていうのは僕の場合、6割くらい打ってないと持てないと思う」

 この日、九里亜蓮が5者連続三振を奪った。92勝左腕と比べるのは気が引けるが、相手を見下ろすような強気な腕の振りは、表情こそ対象的だが、6年前の能見と重なる。背番号14が「別人格」で圧倒する姿をもう一度見てみたい。=敬称略=

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