【比嘉寿光氏手記】早大同期が明かす鳥谷「大学辞めて社会人に」必死に止めた

 4連覇で記念撮影する比嘉(左下)と鳥谷(中央)=03年11月2日
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 阪神・鳥谷敬内野手(36)が8日、甲子園球場でのDeNA戦の二回、右中間に適時二塁打を放ち、プロ野球史上50人目となる通算2000安打を放った。早大の同期で主将を務めた比嘉寿光氏(36)=元広島内野手、現編成担当=が、デイリースポーツに通算2000安打達成のお祝い手記を寄せた。“球友”が熱く語ったのは、普段は見せない知られざる素顔。早大野球部を辞めようとした過去や、北海道まで出掛けた貧乏旅行。今も昔も変わらぬ野球に対する姿など…。鳥谷敬の内面を明かした。

  ◇  ◇

 トリ、2000安打、おめでとう。俺たちからすれば、「すごい」とかじゃなくて「当然」。これだけやってきた選手だから。通過点だと思うよ。初めて会ったのは大学1年のキャンプだったよね。その後、寮に入れたのが4人。柏陵の清水、桐蔭学園の由田(元オリックス)、トリと俺。

 寮に入ればお金をあまりかけなくて済む。普通はラッキーなんだけど、トリは実家からでも通える距離だった。下に弟もいたから、長男が負担はかけたくないと言っていたのを思い出すよ。「お金を稼ぐためにプロになるんだ」って。あの頃から俺らと差があった。

 春のリーグ戦が終わった時点で、相談されたことがあったね。「大学辞めて社会人に行こうかな」って。4年間を無駄にするくらいなら、お金もらいながら野球をやるって。親に負担かけたくないというのがあったんだと思う。「お前がいなくなったらどうするんだ」って必死に止めた。自分勝手に生きているようで、周りを見て生きてきた人間だった。

 お金がなかった2人でやったのが、500円玉貯金だった。1年間くらいかけて一杯にして。2年の冬に旅行を企画した。4人で北海道まで貧乏旅行。「サラサラの雪、見てみたいな」って。あんな粉雪は初めてだった。スノボもやって。今考えたら、危なかった(笑)。あの時の旅行が一番楽しかったな。

 道具もすごく大切にした。練習着の洗濯は日課。洗濯機で回せばある程度落ちるけど、しつこい泥汚れもあって。そこは手洗い。でも、練習がしんどくて。洗濯機だけにすることが多々あった。次の日、「やっぱとれてねえわ」って。その積み重ねで汚くなるんだけど、あいつの練習着だけは毎日奇麗だった。

 風呂に行く時は必ず練習着を持って。洗剤でゴシゴシしてた。いつも「先にあがるよ」って。いまでもスパイクは毎日ピカピカでしょ。「汚れた服を着るのがきらい」って言うと思うけど、それはただの照れ隠しだよ。

 今、野球教室でも子供たちに伝えている。「目標を高く持ちなさい」「夢はでっかい方がいいよ」と。トリがそうだったように5年、10年のスパンで目標を決めてほしい。俺の目の前にそんな人がいたから。自分の子供にもそう。「目標設定はちゃんとしようね」って話をしている。俺の話が長くて、今はあまり聞いてくれないんだけど(笑)。聞いてくれるようになったら、伝えたい。「お父さんの友達にね、こういう人がいるんだよ」って。

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