【懸賞付き】何があったっけ?平成9年(1997年)クイズ

若い人は知らないかも。おじさんたちは忘れてそう。平成9年の出来事をクイズで振り返ってみよう(敬称略)

公開日:2019.3.17

 青学大在学中にデビューした「女子大生タレント」の先駆け的存在。編集Wと同じ団塊ジュニア世代には「お笑いマンガ道場」のレギュラーとして、プロ顔負けの画力とトークの上手さが印象に残っているはずだ。その後女優として大ブレイクしたのが、この「失楽園(テレビ版)」である。2015年9月に胆管がんのため54歳で為死去。

【A2】STO(スペース・トルネード・オガワ)

 柔道の大外刈とプロレスのラリアットとリストクラッチ、相撲の浴びせ倒しの要素をミックスした荒技。
1.相手の首に自分の腕を回して固定した後、もう片方の腕で相手の片腕をつかみ、
2.大外刈のように自分の足で相手の足を刈り上げて後方へ倒し、
3.そのまま自分の体重を浴びせながら押し倒し、相手の後頭部や背中をマットに叩きつける。

 首が固定された状態から一息に重心を崩されるため、完全に受け身を取ることは非常に難しい。

【A3】爆風スランプと聖飢魔Ⅱ

(上から)爆風スランプ、聖飢魔Ⅱ

 ともに早稲田大軽音楽サークル出身のバンド。「スーパースランプ」のボーカル・サンプラザ中野(当時)とギターのパッパラー河合は脱退して「爆風銃(バップガン)」のドラムス・ファンキー末吉とベース・江川ほーじんと「爆風スランプ」として84年にプロデビューした。その際「~スランプ」の名称をめぐってモメ事になったが、聖飢魔Ⅱのボーカル・デーモン小暮(当時)が掛け持ちで「スーパースランプ」2代目のボーカルとなることで収まった。
 聖飢魔Ⅱも85年にプロデビュー(面倒なので人間界的な表記)。月曜にデーモン、金曜にサンプラザが「オールナイトニッポン」をやっていた87年に高校生だった編集Wは、火曜のとんねるずに加えて週3回も深夜ラジオを聴いていうるちに完全な夜型人間になってしまった…

【A4】せがた三四郎

 道着姿の藤岡弘、が、セガサターン以外で遊んでいる人にコテンパンにした上で「セガサターン、しろ!」と一喝するCM。「セガサターンで遊べ!」とという意味のほかに、94年の発売時には黒だった外装を白に近い色に変更した「セガサターン白」をアピールするためのダブルミーニングである。
 そのシュールさがウケて次々と続編が作られ、曲もCD化されるなど大ブレイク。翌98年には紅白にも出演し「白組応援、しろ!」と話した。

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