「なぜこんな簡単なことができないの?」 繰り返す遅刻やミス 上司から叱責される30代会社員 「普通のことができない」生きづらさの正体はADHDかも【社会福祉士が解説】
北口さん(仮名・30代会社員)は、毎朝同じ時刻に起きているにもかかわらず、なぜかいつも遅刻ギリギリです。会議の資料を何度見直しても誤字ばかりで、上司から「なぜこんな簡単なことができないの?」と言われるたびに、胸が締めつけられます。「自分の努力が足りないのだろうか」「みんなは普通にできているのに、なぜ自分だけ……」。そう自分を責め続けながら、やがて北口さんは心の不調を強く感じ、適応障害になり休職を余儀なくされました。後に、北口さんには注意欠如・多動症(ADHD)の特性があることが分かりました。こうした困難の背景には、本人の「意志の弱さ」ではなく、神経発達の特性が関係している場合があります。そこで、ADHD・ASD(自閉スペクトラム症)・感覚過敏といった"見えない困難"の基本的な理解から、職場や家庭での具体的な工夫、そして支援を受けるまでの流れまでを、社会福祉士の視点からわかりやすくまとめました。ひとりで抱え込まず、まず「知ること」から始めてみてください。
■「見えない困難」とは何か--誤解を解く一文
ADHDやASDは、本人の「甘え」や「努力不足」ではなく、主に神経発達の特性に由来すると考えられています。また、そうした特性に伴って、音・光・触感などへの強い反応、いわゆる感覚過敏がみられることもあります。
ADHDは注意の集中・持続や衝動のコントロールが難しい状態、ASDは対人コミュニケーションや感覚処理に独特のスタイルがある状態、感覚過敏は特定の音・光・触感などに人一倍強く反応する状態を指します。外見からはわかりにくいため、周囲に理解されにくく、本人も長年「自分のせいだ」と思い込んでしまうケースが少なくありません。
文部科学省が2022(令和4)年に実施した調査では、通常学級に在籍する公立小・中学生の8.8%が学習面または行動面で著しい困難を示す可能性があるとされています(※医師による診断ではなく、担任教員の評価に基づく推定値)。また、信州大学の研究グループが全国の医療データベースを分析した結果、2010年度から2019年度にかけて、成人のADHD新規診断率は約21倍に増加したことが明らかになっています(2022年、JAMA Network Open掲載)。こうしたデータが示すように、"見えない困難"は特別な話ではなく、私たちのすぐそばに存在しているのです。
■職場・家庭での具体的な困りごと
▽事例①:時間管理と仕事のミス(ADHDのケース)
Bさん(20代・事務職)は、複数の業務を同時に抱えると優先順位をつけることができず、締め切りを頻繁に忘れてしまいます。上司に何度も注意され、「こんな簡単な仕事もできないなら向いていない」と言われた言葉が頭を離れません。しかし実際は、必要な情報を保留しながら並行処理すること(いわゆるマルチタスク)が脳の特性上非常に難しく、意識的に努力しても追いつかない状態にありました。家では家事のルーティンが崩れるとパニックになり、家族との関係も少しずつぎくしゃくし始めていました。
▽事例②:感覚過負荷と人間関係の疲弊(ASD・感覚過敏のケース)
Cさん(30代・接客業)は、職場の照明のちらつきや周囲の雑音が気になって仕事に集中できず、一日働くだけで極度の疲労を感じます。「気にしすぎ」と言われても、感覚への反応は意志でコントロールできるものではありません。また、言葉で表現されなかった意図や場の空気を読むことが苦手で、冗談として言われたことを真剣に受け取り、関係がこじれてしまうこともあり、職場でのコミュニケーションが怖くなり、休憩時間も一人でいるようになっていました。
■有効な工夫--実践メモ
困難は"なくす"ことよりも、"うまく付き合う"ための環境を整えることが大切です。以下の工夫を、できるものから試してみてください。
◎タスクの可視化:ToDoリストやホワイトボード、スマートフォンのリマインダーを活用して、頭の中にある情報を"外に預ける"ことで、認知的な負担を軽くします。タスクは「今日中」「今週中」と時間軸で分けて整理すると取り組みやすくなります。
◎環境調整:ノイズキャンセリングイヤホンの使用、デスク周りの不要な物を減らす、座席を騒音源から離すなど、感覚への刺激を減らす工夫が有効です。フリーアドレス制の職場では、自分が集中できる場所を毎日確保する習慣も助けになります。
◎休憩設計:「疲れたら休む」ではなく、「〇分ごとに必ず休む」と前もって決めることが重要です。集中力の持続は人によって異なります。25分作業・5分休憩のポモドーロテクニックなどを参考に、自分に合ったリズムを探してみてください。
◎上司・家族への伝え方:「自分はこういう特性があり、こういう場面で困る。だから、こういうサポートがあると助かる」という形で、具体的かつ前向きに伝えることがポイントです。「迷惑をかけているから謝る」よりも、「一緒に工夫したい」という姿勢で話すと、相手も受け入れやすくなります。職場では合理的配慮の申し出として伝える方法もあります(障害者差別解消法・障害者雇用促進法に基づく)。
■支援を得る流れ--社会福祉士からの案内
「もしかして自分もそうかもしれない」と感じたとき、最初の一歩を踏み出すことが大切です。焦らず、以下のステップで考えてみてください。
▽ステップ1:相談窓口に連絡する
まずは地域の「発達障害者支援センター」や「精神保健福祉センター」に相談してみましょう。無料で話を聞いてもらえ、必要な医療機関を紹介してもらえます。
▽ステップ2:医療機関で診断を受ける
精神科・心療内科・神経内科などを受診し、専門医による検査と評価を受けます。診断がつかなくても、困りごとへの対処法についてアドバイスをもらうことができます。
▽ステップ3:職場と連携する
困りごとが仕事に影響している場合、職場に「合理的配慮」を相談できることがあります。合理的配慮の申し出自体は、原則として手帳の有無にかかわらず行うことができますが、業務上の配慮(指示の文書化、座席の調整など)を求めることは、法的に認められた権利です。また、障害者手帳(精神保健福祉手帳)を取得すると、障害者雇用枠での就職や、就労移行支援サービスを利用できるケースもあります。
▽ステップ4:福祉制度を活用する
障害福祉サービス(就労継続支援・就労定着支援など)や、自立支援医療制度(医療費の自己負担が原則1割になる制度)といった公的支援の利用も検討できます。これらは市区町村の障害福祉課や通院する医療機関の精神保健福祉士や社会福祉士に相談することで、詳しい案内を受けられます。
◇ ◇
休職から数カ月後、北口さんは精神科を受診しADHDの診断を受けました。「自分が怠けていたわけではなかった」と知ったことが、長年の自己否定を手放すきっかけになったといいます。自立支援医療制度を活用して通院費の負担を軽減しながら服薬を開始し、発達障害支援センターの社会福祉士に相談のうえ、職場へ合理的配慮を申し出ました。業務指示の文書化や座席変更といった小さな配慮が積み重なり、仕事への不安が少しずつ和らいでいきました。タスクの可視化と定期的な休憩を習慣にしたことで、以前ほど行き詰まりを感じることも減りました。北口さんが手に入れたのは「普通にできること」ではなく、「自分らしく働き、暮らせること」でした。
「みんなが普通にできることが、自分にはできない」--そう感じてきたあなたは、怠けていたのではありません。見えない困難を抱えながら、それでも日々を懸命に生きてきたのです。特性を知り、環境を整え、必要な支援とつながることで、無理に「普通」に合わせなくても力を発揮できる場所は見つかります。一人で抱え込まず、専門家に相談してみてください。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)
社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士、身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。
(まいどなニュース/もくもくライターズ)
