「泣き方がおかしい」生後2カ月、医師が予防接種の場で覚えた違和感--そこから先天性心疾患が判明、2歳までに3度の手術を受けた次男と母の歩み
我が子に先天性の病気が発覚すると、不安や戸惑いを抱える親は多い。次男のTくんが先天性心疾患である小花絵里さん(@writerERI)も、そうだった。
だが、様々な当事者談や先天性心疾患の子を持つ親が書いた体験談に触れる中で、少しずつ不安は整理されていき、前向きに我が子の病気と向き合えるように。現在は体験を発信し、先天性心疾患の子を持つ親の心に寄り添っている。
■かかりつけ医で“泣き方”を指摘されて“先天性心疾患“が発覚
Tくんの心疾患は、妊娠中や出産後の健診では発見されなかった。病気に気づくきっかけとなったのは、生後2カ月頃に予防接種を受けに行ったこと。長く泣こうとしても途切れてしまう泣き方に、かかりつけ医は違和感を覚えた。
赤ちゃんによって泣き方は、違うだろう。それまで両親はそう思っていたが、医師からの指摘を機に、泣き方が気になるように。予防接種から2週間後、吐き戻しが多いこともあり、かかりつけ病院を再受診。すると、大学病院を紹介された。
大学病院での検査により、Tくんは「両大血管右室起始症」と「心室中隔欠損」であることが判明する。「両大血管右室起始症」とは本来、左心室から出ている大動脈と右心室から出ている肺動脈が右心室から出ている指定難病。「心室中隔欠損症」は、心室を隔てる壁に穴が開いている状態だ。
「まさか心臓の病気だとは思っていなかったので、頭が真っ白になりました。大人しい子だと思っていたけれど、泣き声が小さいのも、よく寝ていたのも全部、苦しかったからだったんだなと」
Tくんは緊急入院し、2日後に手術を受けた。心室中隔欠損症は穴を塞ぐ治療を行われることが多いが、Tくんの心臓は穴があったから生き延びていられたという複雑な状態だった。
手術は昼すぎから始まり、夕方に無事終了。TくんはICU(集中治療室)で過ごす中で徐々に泣き声が力強くなり、体を動かすことも増えていった。
だが、この手術は根治術ではない。テンションが上がり、手足をバタバタすると息が上がることも。だが、絵里さんは元気に動けるようになったTくんの姿が愛しかった。
■生後10カ月で“2回目の手術”を提案されて…
だからこそ、生後10カ月の頃に医師から2回目の手術を提案され、戸惑った。こんなにも元気なのに…という想いや、もう一度手術を受けさせなければならないことへの罪悪感など、様々な感情がこみ上げてきたのだ。
そんな絵里さんに、医師は時間をかけて、Tくんの心臓の状態や手術のタイミングの重要性などを話してくれた。それにより、絵里さんは納得して手術に承諾できたという。
「当事者談や親向けの入門書を通して、病気の仕組みや手術の方法を自分なりに理解できたことも大きかった。医師の説明がより理解でき、納得して治療が受けられました」
2回目の手術も、無事成功。だが、この手術も根治術ではない。家族はTくんの心臓の状態を見つつ、最善な方法を常に医師と相談せねばならない日々を過ごすことになった。
手術の時期や回数が予測できない生活は、先の見えない暗闇の中にいるようなもの。心の支えになったのは、2回の手術を乗り越え、息子が元気に成長しているという事実だった。
■1歳半で“3回目の手術”に踏み切って…
1歳半を過ぎた頃、Tくんは検査入院。医師から事前に2通りの根治術が提案されていたが、どちらになるかは開胸して心臓を見ないと分からなかった。
そうした説明を事前に受けていたため、絵里さんは心の準備ができていたつもりだった。だが、実際に3回目の手術が決まると、息子を失うかもしれないという恐怖心が…。「先が見えない」という不安は想像以上に精神を蝕み、気づけば心はネガティブ方向へ。
このままでは、子どもの前で笑顔でいられなくなる。そう気づき、資格の勉強に没頭して隙間時間を作らないようにしたり、子育て支援センターで話を聞いてもらったりして、心のバランスを取るようになった。
「親の心が壊れてしまったら、子どもを支えられなくなるということを、身をもって痛感しました」
9時間ほどにも及んだ、3回目の手術は最良の形で終えることができた。術後は、1週間ほどICUに入院。面会時には表情を変えない、視線を合わせようとしないなど「ICU症候群」と呼ばれる行動が見られたため、絵里さんは医師や看護師のアドバイスに従い、無理に反応を求めず、静かに見守った。
「いつも通り話しかけ、手を握り、『ママはここにいるよ』と伝え続けました」
すると、Tくんは次第に以前のようにしがみついてくるように。手術から1カ月後に退院し、現在は2カ月に1度の通院をしながら、穏やかな日々を送っている。
■当事者談に救われた側から“我が子の心臓病を公開する側”になった
かつて、自分が救われたように自身の体験談も誰かのためになったら嬉しい。そんな想いから、絵里さんはnoteで息子さんの病気を公開している。また、我が子の闘病を通して障害児の親が抱える就労問題を考えようになり、現在は行政書士事務所の開業を目指している。
「私はフリーランスで、会社員の方と比べると柔軟に働きやすい立場ではありましたが、闘病中は仕事をかなりセーブしていました」
闘病と仕事の両立の難しさを痛感したからこそ、同じような状況の人をサポートしたいと思ったのだ。
なお、絵里さんは保育園などへの入園時に障害児の親が感じるもどかしさも打ち明ける。絵里さんの場合は、長男さんが通っている認定こども園が医療的ケア児(※痰の吸引や人工呼吸器による呼吸管理などの医療行為が日常的に必要な児童)を受け入れたことがあったため、Tくんの病気も理解してもらいやすかった。
入園を申し込む前には看護師や園の管理職員と面談し、Tくんの経過や日常生活で必要な配慮などを共有することができたという。
だが、他の園に問い合わせた時には、常時の付き添いが必要ではない状態なのに、「ひとりに付きっきりで対応することはできない」と言われ、病状を正しく理解してもらうことが難しかった。
「明確に断られたわけではありませんでしたが、受け入れが難しいという空気は感じました。障害への理解や体制は園によって大きな差があり、入園手続きを進める中で壁を感じることも少なくないのだと知りました」
障害児の親は我が子を守りたい気持ちが募り、自分に対して鞭を打ってしまう人も多いように思う。だが、絵里さんは「完璧な親である必要はない」と話す。
「子どものそばで笑顔でいられるように、自分の心も大切にする。それが、結果的に子どものためにもなるのだと、私は息子の闘病を通して学びました」
不安で辛くて、泣きたくなる日は誰かに頼ってほしい。どうか、ひとりで抱え込まないでほしい。そんな絵里さんの言葉は、幅広い障害児の親に刺さるのではないだろうか。
障害児の親が苦しみや弱音を吐き出せ、共感し合える場はまだ少ない。希少疾患であればなおさらであるからこそ、当事者が安全に繋がれる仕組みを社会全体で考えていきたい。
(愛玩動物飼養管理士・古川 諭香)
関連ニュース
-
“心臓病はリスク”と言われる就労の現実を変えたい 心臓血管外科医がインフルエンサーに協力をお願いして、実行したアイデアは?

-
先天性心疾患で生まれた娘は、生後半年の手術後「低酸素脳症」に 1歳になった今もICUで…変わってしまった“家族の日常” 母が発信し続ける理由とは

-
妊娠中のよくある体調変化だと思っていた…根治後に悪化した「心室中隔欠損症」 命の危機にさらされた出産、保育所探しでも制度の壁…持病と生きる現実とは

-
YouTuber・しおん「持病は最高の武器」 伝えるのは先天性心疾患者の日常 「私の経験で救える人がいる」

-
悪ノリ? カフェにペヤング持ち込んだ2人組の男性 隣席の人「とにかく匂いがすごくて…」

