暑くても溶けないアイス!開けてシャリッ、常温でプルンッ 伏見稲荷で1日500本売れた謎のアイスバー「雪女スティック」とは
■「雪女が売れている」というウワサ
夏の盛りが過ぎたとはいえ、日中はまだ暑さが厳しい昨今。お稲荷さんの愛称で親しまれる京都の伏見稲荷大社官有地の茶店で「この夏、1日500本も売れたアイスバーがある」と話題になっています。その名も物騒な「雪女スティック」。
無慈悲に人を凍らせる妖怪の名を冠したこのアイスバー、テイストは「マンゴー」「柚子」「抹茶あずき」「ラズベリー」「キウイ」の5タイプ。
カンカン照りだった取材日、千本鳥居を抜けた場所にある「大薮茶亭」では、さまざまな国からの参拝客が列をなして雪女スティックを購入していました。そしてまるで妖怪退治のように、こぞって雪女を頭からかぶりついているではありませんか。
店主曰く「飛ぶように売れます。日本人観光客にはフルーツ系、海外からの観光客には抹茶あずきがよく売れますね」とのこと。
私はラズベリーを購入。ひんやりシャリッとした食感がたまりません。すっきりした甘みとナチュラルな酸味、ラズベリー特有のほろ苦さもあり、とてもおいしい。爽快に汗が引いてゆきます。
歯型を見せてすみません。顔をのぞかせるのは、ラズベリーの種。本物の果実がふんだんに使われているのがわかります。
そして「雪女スティック」最大の特徴は、どんなに暑くても「溶けない」こと。主原料を見ると、なんと「こんにゃく粉」。こんにゃくの食物繊維の作用で、氷のようには溶けないのです。
なるほど、常温の状態だと、見た目は紅いこんにゃくそのもの。アイスキャンディーは一口目が硬くて歯が立たない場合が多いですが、こんにゃくだからその心配がなく、凍っていてもいきなりガブリと噛めるが嬉しい。
こんにゃくのアイスバーはなぜ生まれたのか。「雪女」と命名された背景は? 製造元の王子食品株式会社、営業部の別宮龍太郎さんにお話をうかがいました。
■「こんにゃく」がもたらすさまざまな食感
--「雪女スティック」はこの夏、伏見稲荷の売店「大薮茶亭」で1日に500本以上も売れたそうですね。
別宮龍太郎さん(以下、別宮):とてもよく売れました。溶けないので境内を汚す心配がなく、そのためお客様からとても喜ばれました。ただ週に2、3回、ひたすら長い千本鳥居を抜けて歩いて納品するので、大変でしたね。足腰が鍛えられました。運び終えた頃には汗だくになり、自社の「雪女スティック」を買って食べたほどです。
--「雪女スティック」は、いつ発売を開始したのですか。
別宮:2022年の4月からです。
--「雪女スティック」はこれまで、どれくらい売れたのですか。
別宮:発売初年度は1年で1万5千本。今年2023年は8月の段階ですでに2万本に達しています。特に今年の夏は猛暑だったため、7月、8月だけで約1万2千本を製造しました。作っても作ってもすぐに売り切れ、製造が追いつかない状況でしたね。
--原材料に「こんにゃく粉」を使っているのですね。こんにゃくでできたアイスバーとは珍しい。
別宮:そうなんです。元がこんにゃくなので溶ける心配なく食べ歩きができます。冷凍庫から出してすぐだと「シャリッ」。少し時間が経つと「もちっ」。さらに時間が経過すると「プルンッ」と、異なる3つの食感を楽しんでいただけます。お好きなタイミングで召し上がっていただきたいです。
--食べてみて、驚きました。こんにゃくなので弾力があり、まるで凍らせたフルーツをそのまま食べているようでした。
別宮:本物の果実を砕いて使っています。できるだけ自然な果実そのままを食べているような味わいと食感にしたかったんです。市販する前に大学の学園祭でテスト販売を試みたところ、学生たちがアンケート用紙に「めっちゃキウイ!」「めっちゃマンゴーやん!」と驚きの反応を書き示してくれていて、「これはいける」と確信しました。
■サプリメントの会社が初挑戦した「新しい京都みやげ」
--そもそも、王子食品はどのような種類の商品を扱う会社ですか。
別宮:サプリメントや化粧品などのOEM(他社ブランド商品を製造すること)、ODM(他社ブランドの商品開発から行うこと)、原料の供給をしています。昭和44年(1966)に京都で創業し、以来57年にわたり自社製品を持たず、100%お客様の商品を製造してきました。扱っているものはECサイトなど通信販売が多いですね。
--ということは、この「雪女スティック」は初めての自社製品なのですか。
別宮:そうなんです。
--委託受注製造の歴史が長い会社が、なぜ半世紀を超えたタイミングで自社製品に挑んだのでしょう。
別宮:「京都で誕生した会社だから、京都に貢献をしたい」。それが創業時からの当社の念願でした。自社製品を作りたいという気持ちより、「京都に寄与したい」の方が強かったんです。そのためには「新しい京都みやげの開発」がよいだろうと。ただ、果たしてどんな商品が正解なのか、答が見つからず、ずっと悩んでいたんです。
--確かに京都みやげは定番化していて、新規の参入は難しそうです。
別宮:そのような状況のなか、全国あちこちの観光地が、葛を原料とした「溶けないアイス」の発売をはじめ、流行しました。この現象を見て、「京都生まれの冷たいお菓子を我々の手で作りだせるんじゃないか」と考えたんです。「溶けないアイス」ならば寺社仏閣など京都の観光地や観光客の服を汚すアクシデントも少なくなりますし、新しい京都みやげになるのではないかと。そうして試作を開始しました。
--私も「溶けないアイス」は葛を原料としているイメージが強いです。それなのに「雪女スティック」には葛がまったく入っていない。御社が葛を使わなかったのはなぜですか。
別宮:実は、私どもも始めは葛を使用していました。「京町くずあいす」の名で一瞬販売した時期もあったんです。しかし、仮に消費者が「溶けない」点に惹かれているのならば、「葛である必要はないのではないか」と考えました。そこで葛を原料から抜き、こんにゃく粉と寒天粉でリニューアルしたんです。さらに、ビタミンC、クエン酸、コラーゲンといった健康・美容要素を加え、これまでにないアイスができあがりました。そうしたところ、売れる数量は落ちるどころか伸びていったんです。
■まったく人気がなかった「雪女」という商品名
--「雪女スティック」という商品名がユニークで印象に残ります。アイスバーに妖怪の名前を冠したのはどうしてですか。
別宮:社内で「商品名をどうしようか」という会議があり、いくつかの候補が挙がりました。そのなかに「雪女」という案があり、ダントツに低い投票数だったんです。
--え! 低い? 投票数が多かったのではないんですね。
別宮:そうなんです。誰も投票しませんでした。特に年配の社員は「こんな恐ろしい名前のアイス、誰も買わないよ」と強い抵抗感を示しました。ただ、「こんなに人気がないのならば、逆に目立つんとちゃうか」と次第に支持が集まってきたんです。さらに、「雪女は恐いだけではなく、美しい女性というイメージがある。美容訴求という点でもいいのではないか」と見直され、商品名となりました。
--商品ができあがったとして、長きにわたりOEMをしてきた王子食品が、どのようにして小売りまでできたのでしょうか。
別宮:そこがもっとも苦労した点でしたね。販路がなかったので、すべてが一からの開拓でした。京都のお土産屋さんや、置かせていただけそうなお店を片っ端から当たってみるという、地味で初歩的なところからコツコツやりました。おかげで伏見稲荷や清水焼で有名な五条坂などで販売が可能になったんです。また、ハンバーグ専門店がデザートに採用してくださったり、銭湯に置かせていただけるようになったり、じょじょに広まっているところです。原材料のこんにゃく粉や寒天粉は食物繊維なので、食べても胃もたれしない。そのため銭湯では「湯上りにさっぱりする」と好評で、冬でもよく売れるんです。このように季節を問わず味わっていただける商品に育てたいですね。
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雪女スティックは1本300円(販売店によって値段が異なります)。溶けないから京都の観光地めぐりのお供によさそう。夏だけではなく、春や秋、そして冬に本物の雪女と一緒に味わいたいですね。
(まいどなニュース特約・吉村 智樹)