プロ野球審判員からIT企業へ転職 未知の世界へ飛び込み情報発信を続ける日々

職場がグラウンドからオフィスに変わってもその情熱は変わらない。「忙しくてまるで部活のようです」。そう言って笑うのは元プロ野球審判の坂井遼太郎さん。現在はIT企業、株式会社運動通信社が運営するインターネットスポーツメディア「SPORTS BULL(スポーツブル)」で編成を担当している。

金光大阪を卒業後アメリカへ審判の勉強の為に渡米し、帰国後2007年からセ・リーグの審判員となった。入局後も順調にキャリアを積むとプロ4年目、25歳という若さでの1軍デビュー。しかしそのデビュー戦であまりにも大きなミスをしてしまった。金本選手の天井に直撃した打球をファウルと判定してしまったのだ。当時のルールではインプレーが正しいジャッジでヒットとなる打球であった(現在はルールが変わりファウルとなる)。

試合後、連日メディアで大きく取り上げられ精神的に不安定な状態から不眠症となり、食事もまともにとることが出来なくなった。心身ともにボロボロとなり、真夏の2軍戦で熱中症になり倒れてしまった。治療をし現場復帰したがその約1カ月後に心筋炎となり生死を彷徨う状態となった。なんとか一命はとりとめたが自分のミスで多くの仲間に迷惑をかけた事を自身で許すことが出来ず、いったん辞める覚悟を決めた。しかし将来を見込まれ周囲から引き留められ思いとどまった。

だが2018年に審判という特殊な仕事からくるストレスがピークに達する。6月22日オリックス-ソフトバンク戦で事件は起こった。延長10回、自信を持ってジャッジしたファウル判定がリプレー検証の結果、ホームランになった。このリプレー判定に納得のいかないオリックスは試合後に再度確認をして欲しいとの要望を出した。要望通り再度審判団で確認をした結果、初めの坂井さんの判定のファウルが正しかったことを認め大問題となった。

坂井さんはリプレー検証での発言権はなく、ただ見守るしかなかった。「仲間も間違えてはいけないと時間をかけ慎重に判断した。球団も納得いっていなかったはずだがルール通り試合中は抗議をせずグッと我慢してくれた。」「誰も悪くない、悪いとすれば僕に運がなかっただけです。」と語った。

この後オリックス戦の審判から約3カ月間外れることになった。しかし最終的に気持ちが切れてしまったのはプロ野球の審判になった時からずっとお世話になっていた仲野和男パ・リーグ統括の死であった。リプレー問題の時にNPBを代表して謝罪したのは仲野統括。当日、楽天戦で仙台にいた坂井さんは運命だったのかこの試合でも一つの判定を巡りもめていた。試合後、問題が起きた場合、状況などを説明するために仲野統括に連絡するのだが、仲野統括にかけた電話に出たのは娘さんだった。その時に訃報を知った。

原因が心筋梗塞と聞いた時、自身も心筋炎になり生死を彷徨った経験が蘇った。この時ギリギリつながっていた紐がブチンとちぎれた。「ストレスが原因ではないか。」「あの判定が仲野さん命を奪ったのではないか」-今でもどこか十字架を背負っているほどの責任を抱えているようにも見えた。

野球界から去った坂井さんは新たな仕事を探すために人生初の就職活動を始めた。「野球しか知らなかった」という坂井さんにとっては転職先を見つけるのは楽しかったそうだ。保険業、小売業、TV局、芸能事務所…いろんな人に会い、話を聞いた。全てが新鮮な話ばかりで楽しかった。しかし心の底からワクワクすることはなかった。1年間は社会を知るために時間をかけると決めていた坂井さんであったが、ふとあの日のことを思い出した。

審判時代の2018年夏、ナイターゲームまでの空き時間に母校野球部の大阪大会予選の試合をあるサービスを使いスマホで福岡から観戦していた。野球部OBでつくるLINEグループを使い、現地で観戦している人、自宅で家事をしている人、そして福岡にいる坂井さんがリアルタイムで大阪で行われている母校の試合を観戦し一喜一憂している。そのサービスこそが後に入社し自身が運営することとなるスポーツブルというアプリであった。残念ながらその試合は負けてしまったようだが「素晴らしいサービスだな」と当時は感心するのみであった。

楽しそうな仕事は見つかっても、世の中のためになる仕事、自分の経験が世のためになる仕事、何より自分自身が心の底からワクワクする仕事と出会えてなかった。そうだ…あのサービス、あの会社…スポーツブル。坂井さんのなかで、何かがつながった。そう思ったとき、社員を募集しているわけではなかったが、すぐに運動通信社に履歴書を送った。手書きだった。

面接官からは「いまどき手書きとは…」と感動された。実は坂井さんはそれまでパソコンを触ったことがなく、手書きでしか送る手段がなかっただけだそうだ。履歴書は空白が全くないほどの文字で埋め尽くされており、熱量の高さが十分に伝わった。

晴れて2019年4月に入社。同社の「日本を世界が憧れるスポーツ大国にする」というビジョンが「好き」という坂井さん。「いつか野球界に恩返しがしたい」と笑顔で話した。いまではパソコンを巧みに操りながら、スポーツニュースやコラムを発信している。

(まいどなニュース・佐藤 利幸)

■SPORTS BULL https://sportsbull.jp/

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