1・6キロの鈍器本「映画監督 神代辰巳」に隠された編集者と本の重さとの不思議な関係

 とんでもなく重い本が今秋、出版された。萩原健一が主演した1970年代の日本映画ベスト作とも評される「青春の蹉跌」(東宝)や日活ロマンポルノで「恋人たちは濡れた」など数々の傑作を生んだ映画監督・神代辰巳(1927~95)の全作品解説、インタビューや対談、シナリオ、写真などが詰まったB5版700ページの書籍だ。重さは約1・6キロ。数百グラムが相場の単行本の中では、今年随一の重量ではないか。全身全霊で仕事に打ち込んだ結果、いわゆる「鈍器本」(凶器になりうる書籍)を生み出した編集者に重さの背景を聞いた。

 タイトルは「映画監督 神代辰巳」(国書刊行会) 。担当した編集部の樽本周馬は神代監督作が6本も公開された74年の生まれ。90年代の学生時代に京都の名画座で観た「悶絶!!どんでん返し」(77年公開)に衝撃を受け、神代作品を後追いした。

 神代が死去した95年の「映画芸術」夏号をベースに、他誌の掲載記事も幅広く採録。宮下順子、桃井かおり、酒井和歌子、長谷川和彦、荒井晴彦らへの新規インタビュー、書き下ろし評論、幻の未映画化脚本なども加え、当初の想定500ページを大幅に超えた。試しに記者が1・6キロの本書をダンベル代りに使うと、手首や上腕にしっかりと負荷を感じた。この本を目の当たりにした女性は「枕にもなりそう」と感想を口にした。

 B5判という大判サイズの映画本で有名なのは、日本で81年に出版された「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(晶文社)だが、樽本は「映画術は350ページで、神代本はその2倍。今回は日活が全面協力で写真を使わせてくださり、写真をきれいに載せる薄い紙の1枚1枚が重い。神代監督が撮影した宮下順子さんのカラーグラビアも。貴重な80年当時の自版機本からのものです」と重さの要因を明かした。

 その重量は「必然」だった。

 「今年亡くなった萩原健一さんと内田裕也さんの今まで本に入らなかったインタビューや座談会の採録は貴重です。『青春の蹉跌』『アフリカの光』『恋文』『もどり川』といった萩原さんの主演映画だけでなく神代演出の『ワンカップ大関』のCМも写真と共に触れていて、ショーケンファンにとっても充実した内容」と樽本。また、内田がドサ回りのロック歌手を好演した「嗚呼!おんなたち猥歌」については、神戸在住の「ロック漫筆家」安田謙一が音楽的なツボも押さえたコラムを書き下ろした。

 生涯35本の映画のうち、レアな作品にも光を当てた。例えば、三浦友和主演の「遠い明日」。公開は79年11月3日で、山口百恵との交際が公表された直後だ。そんなタイムリーな時期だったにもかかわらず、当時、友和映画をこまめに封切で観ていた放送作家・高橋洋二が「これを書く(40年後の今)まで見ていない。不思議だ」という自身の映画史に引き寄せた独自の切り口で執筆している。

 価格は税別1万2000円。刊行に合わせて神代作品を特集上映した都内の映画館では50冊が売れたという。樽本は「1万円以上の本を買うのは勇気がいることだと思いますが、はしご酒してタクシーで帰るとそれくらいかかるし、服とかカバン、靴なら1万円以上は当たり前。本は安いものという思い込みがある。強調したいのは、普通の単行本の5~6冊分の量が入っていること。百科事典的な作りをしているので、この値段にも納得してくださると思っています」と自負した。

 製作期間は約1年半。その間、樽本は「飲む時間を削って3キロやせた」という。「12月に出る予定の『サイレント映画の黄金時代』という翻訳本も同時進行で作業して、こちらは900ページで、重さを量ったら1・4キロあった。つまり、2冊でちょうど私がやせた分の3キロになる。やっぱり重さは関係ありますよ(笑)」。編集者の仕事と本の重さは一致する。

 =文中敬称略=

(まいどなニュース/デイリースポーツ・北村 泰介)

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