密着「歌垣風呂」で続々カップル誕生の理由

 お題の短歌を詠む歌垣風呂の参加者
 歌垣風呂交流会の吉岡家住宅
 お題の短歌を詠む「歌垣風呂」の参加者
3枚

 「歌垣風呂」がこのほど奈良市花園町の「花園新温泉」で開催された。男湯と女湯にわかれて入場した男女が、「恋のお題」に沿って、五・七・五・七・七の短歌を詠み、相手を選ぶ。一風変わった「合コン」だが、カップリング率が高いという。密着してその理由をさぐってきた。

 そもそも「歌垣」とは、田植えや稲刈りの後などに男女が集い、互いに歌を掛け合い、踊ったり酒を飲んだり性的な開放も楽しんだという古代日本の習俗のひとつ。「性的な開放」と言ってもワイドショーをにぎわすような乱倫なものではなく、子宝や豊作につながるお祭りの延長であり、歌のやりとりによる男女の求婚の場という意味合いもあった。現代に復活した「歌垣風呂」は、歌と声のみを頼りに相手を選ぶプラトニックな「声のフィーリングカップル」。場所が場所だけに裸にはなるものの、健全なイベントであることは最初に断っておく。

 12月9日正午過ぎの近鉄奈良駅前。「歌垣風呂・男性集合場所」のプラカードを手にした男性スタッフの元に、6名の参加者が集合した。奈良マラソン直前でにぎわう商店街を南下し、井原西鶴の「好色一代男」にも登場する「木辻遊郭」がかつてあったエリア(現在は住宅地)にある「花園新温泉」に到着する。

 女性参加者6名は、明治31(1898)年開業時の駅舎が残るJR京終(きょうばて)駅に集合。歌垣前に参加者の顔がバレないように、男性陣が脱衣場に入ったのを電話確認したうえで、女性スタッフが誘導して北上する。

 午後1時15分、男湯・女湯の準備が整ったところで、一つめのお題「耳たぶ」が読み上げられる(お題は直接詠み込んでも、イメージでも可)。先ほどまでざわめいていた浴場は、一瞬にして静寂になった。どの参加者も短歌は教科書で触れた程度ということだが、指を折って文字を数えては防水メモに思いついたことばを書きつけている。開始から2分もたたないうちに「できた!」とうれしそうな笑みを見せた女性は、持参したマイ石鹸で顔を洗い終えると、ゆったりと風呂を楽しんでいる。男湯からも「よしっ!」という声が聞こえてきた。10分ほどで全員が1首を詠み終え、割り振られた番号を名前代わりにして自作の歌を読み上げる。壁越しにそれを聞いた参加者は、気に入った歌を1首選んでメモする。笑いがわき起こったり、意味が取りにくく一瞬沈黙が流れたりしながら、12首の歌が無事読み上げられた。

 二つめのお題は「おしり」。慣れてきたせいか、みんな思い思いの格好で没頭して詠む。俳句の季語のように厳密なルールがないためか、棄権する人はいなかった。

 その後しばらく風呂を楽しんだ一行は、集合時と同じく男女時間差をつけて交流会場の吉岡家住宅へ移動。昭和前期の奈良の町家のたたずまいを残す登録有形文化財だ。ここでやっと顔を合わせた男女が座敷机を囲んで交互に座り、結果が発表される。この日は最多タイ記録の3組のカップルが誕生。カップルになった人は、連絡先を交換し、一度はデートをしてほしいというのが歌垣風呂の条件なのだが、今回はなんと、一題めの歌でカップル成立した女性が、二題めの歌でも別の男性とカップリングしてしまう三角関係が出現。周囲からは3人でデートしてはという提案も出され、会場は妙な盛り上がりをみせていた。

 カップリングした人たちの歌には、意外な共通点があった。たとえば「耳たぶ」のお題でカップルになった一組は、「ぷにぷにとグルテンのかたさはみみたぶと水入れすぎてふやふやしてしまう」の歌を詠んだ男性と、「半円からしたたる肉厚のもののふわふわ」の女性。どちらもかなり字余り・字足らずのいわゆる「破調」なのだが、パン生地を練るときの水加減や、半円形の耳たぶの感触を、それぞれ「ぷにぷに」「ふやふや」「ふわふわ」というオノマトペで表現しているところに共通点がある。もう一組のカップルの歌も、男性が「ピアス」、女性が「イヤリング」の揺れる様子を詠み込むなど共通点が多かった。一方、3回目の参加という北野英隆さん(39)は、リピートするうちに風呂屋や短歌そのものに興味が移ってきたらしく、「初回時は女子にアピールした歌を詠んだが、今回は短歌自体にこだわりすぎたかも」と「敗因」を分析。歌の出来不出来というよりも、歌のなかに共通の感性を見出した人たちがカップルになっているのだとすれば、万葉集から受け継がれる恋の歌の底力さえ感じる。交流会はカップル成立に関係なく盛り上がり、一行は仲良く二次会にでかけていった。

 内風呂が当たり前になった今、日本で長く親しまれてきた「風呂文化」は急速に失われつつある。今回会場となった「花園新温泉」は観光地に近いため、ゲストハウスを利用する外国人など新しい顧客を獲得しつつはあるが、自治体が高齢者に配布していた入浴券の廃止や大型入浴施設の登場で厳しい経営が続く。平日11時半の開店前から並んでいる常連客に話をきくと、「大型施設は遠いので、近くにお風呂屋さんがあると便利。なくなってほしくない」と話す。「歌垣風呂」を発案した観光家/コモンズ・デザイナーの陸奥賢さん(39)は、参加をきっかけにお風呂屋さんに出かける人が増えてほしいと願う。今回の歌垣風呂は、奈良で初開催したいという県内在住の男女3名が企画し、陸奥さんが進行役をつとめたが、オープンソースの「新しい風呂遊び」として、全国にどんどん広げてほしいという。過去2年で約120名の参加者を集め15組のカップルを誕生させた「歌垣風呂」は、ユニークな男女の出会いの場であるとともに、土地の文化と現代人を遊びでむすぶ社会実験でもある。(デイリースポーツ特約記者・鹿谷亜希子)

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