邪道は不滅じゃ!大仁田厚の引退→復帰の歴史を振り返る

プロレスラーの大仁田厚が、還暦となる2017年限りで引退することを宣言しました。しかし大仁田といえば、引退と復帰を繰り返していることで有名です。これまでの歴史を振り返ります。

公開日:2017.5.9

1999年8月28日、神宮球場においてムタ対ニタが行われた(「ノーロープ有刺鉄線バリケードマット時限装置付き電流地雷爆破ダブルヘルデスマッチ」)。しかし盛り上がらぬ試合展開のままニタは敗北し、試合後「ニタは死んだ」として葬式が行われ、いつの間にか現れた大仁田は棺桶の前で嗚咽した。

果たして、この「グレート・ニタ」は大仁田の引退に数えるのかどうか。さらにややこしいのは、のニタも引退(消滅)→復帰(復活)を行っていること。もはや回数を数えること自体がナンセンスな気もしてきました。

松山勘十郎(下)を血まみれにして勝利の雄たけびを上げるグレート・ニタ=2013年7月13日

今度こそ本当か?大学卒業とともに4度目の引退!

2005年3月27日付デイリースポーツ

大仁田は通っていた明大の卒業式後に引退試合を行いました。ここで「4度目」となっているのは、先述のグレート・ニタもカウントされているのだと思われます。

2005年3月27日付デイリースポーツ

◆大仁田4度目引退 明大、プロレス“W卒業”
 “涙のカリスマ”大仁田が26日、“ふたつの卒業”を終えた。午前中に明大の卒業式に出席し、リングには母校応援団の校歌で登場。4度目の引退試合は、メーンで矢口と組み天龍、越中組を相手に壮絶なケンカファイトを演じ、散った。
 試合後、ファンにペットボトルの水を吐きかける“聖水”儀式を終え「大仁田を絶対忘れるな!」と絶叫。「これからは世の中という敵とプロレスをしに行く」と“公約”した。

記事が小さめなのは「またどうせすぐに復帰するんじゃ…」という思いがあったのでしょうか。そう、大仁田は期待を裏切らないのです!その約1年後…。

2006年4月2日付デイリースポーツ

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