かつて広島カープで何かにつけて衝突する若者がいた。高橋慶彦と北別府学。野手と投手のリーダー格としてバチバチと火花をちらし、一触即発状態の2人の間に入って仲裁したのが当時の監督、阿南準郎だった。以下は北別府の回想。(=敬称略=2021年の取材から抜粋。本人談)


かつて広島カープで何かにつけて衝突する若者がいた。高橋慶彦と北別府学。野手と投手のリーダー格としてバチバチと火花をちらし、一触即発状態の2人の間に入って仲裁したのが当時の監督、阿南準郎だった。以下は北別府の回想。(=敬称略=2021年の取材から抜粋。本人談)

宮田匡二
1983年、デイリースポーツ入社。プロ野球担当記者として南海、広島、大洋、巨人、阪神担当を歴任。その後は芸能デスク、野球デスク、報道部長、編集局長などを務め、2023年からはフリーランスのライターとして連載などを執筆している。最近の楽しみはゴルフと孫の相手。ボケ防止のため麻雀を再開した。