阪神は来シーズンオフ、1935年12月10日の球団創立から90年を迎える。プロ野球草創期以来、東の巨人とともに西の老舗球団として球界の隆盛に貢献。この歴史あるタイガースの伝統を受け継ぐ名選手の一人に藤田平がいる。球団初の2000安打達成者が歩いた野球の道とは…節目の年を前に少したどってみたい。(この連載は2024年11月19日~  2024年12月17日の期間、、デイリースポーツ紙面に掲載しました)

68年8月、弱冠20歳の藤田平
68年8月、弱冠20歳の藤田平

9人きょうだい末っ子

 藤田は職人という言葉が好きだ。心地のいい響きがする。天才という言葉はあまり好まない。だから努力を重ね、熟練の域に到達した人間には敬意を払う。父親はその身近な対象だったようだ。

 和歌山で鉄工所を経営していた父・正雄は職工からのたたき上げで、高い金属加工技術をもっていた。「小学校しか出ていなかった」というが、「船のエンジン部品など2、3個の特許を持っていた」というほどの水準だった。

 農機具の生産にもかかわり、正雄が大手農業機械メーカーの社用車に送迎されるところを何度も見かけた。機械設計を行っては図面とにらめっこ。一瞬たりとも手を抜かない生真面目な姿が目に焼き付いている。そして「曲がったことが嫌いなオヤジ」でもあった。

 血は争えない。歩いた道は異なるが、技を極めようとする〝生きざま〟が親子で重なる。

 海岸に近い片田舎で、9人きょうだいの末っ子として育った藤田平は、どのような野球人生を歩んだのだろう。なにを求め、なにを探して生きてきたのか。一流選手を目指して会得しようとしたものは。

父・正雄さん(前列右端)ら家族で写真に納まる(父の左隣が本人)
父・正雄さん(前列右端)ら家族で写真に納まる(父の左隣が本人)

村山、江夏から新庄まで

 これから始まる連載の中で、それら一つ一つを自身の言葉で語ってもらうことにしている。その内容を簡単に予告すると―。

 《村山実の気性の激しさと同居する懐の広さ。親分と慕われるだけの人間的魅力》

 《初めて江夏豊のボールを見たときの衝撃。同郷、上田次朗の突然の変身。左右の両輪が絡んだ1973年の不可思議なV逸》

 《吉田義男の華麗な守備に魅せられ、鎌田実の名人芸にビックリ。教育者のような山内一弘の説法》

 《張本勲、近藤和彦から学んだもの。野村克也には叱られた?》

デイリースポーツ評論家として精力的に現場に足を運び、厳しくも温かい目で阪神を見つめる(左は岡田前監督)=23年6月、甲子園
デイリースポーツ評論家として精力的に現場に足を運び、厳しくも温かい目で阪神を見つめる(左は岡田前監督)=23年6月、甲子園

 過去に経験したことを鮮明に覚えている藤田。19年間のプロ野球現役生活で身につけた《打撃論》や《守備論》を語る様子は職人そのものだ。

 《無名校を進学先に選び、目標の甲子園出場を果たした青春時代。星野仙一との意外な出会い。明大進学から急転プロ入り》

 《首位打者獲得への二つのカベ。不成立に終わったトレード》

 2軍監督時代には目や耳を疑う出来事に遭遇した。ぬるま湯に漬かったチームに喝を入れたが、のれんに腕押しの選手(新庄?亀山?)も。

 《遅刻の常習者への正座ペナルティー。1軍監督解任拒否騒動。深夜の籠城事件とその舞台裏》

 多少、前後するものもあるが、だいたいこんな調子で流れていく予定。
 名球会メンバーの藤田も今年の10月で77歳になった。最近は飲みに出歩くこともなく「2軒目、3軒目となるのがしんどくなったから、いっそのこと」アルコールは7年前にやめたらしい。

 「いまは魚、とり、ブタ肉が多いな。薬漬けは嫌やからね」

 その効果かどうか「心配なのは中性脂肪の数値」ぐらい。毎日、血圧だけは測定しているが、たまに高く出る程度で正常範囲だ。つまり元気なのだ。

 口のほうもすこぶる元気。なのでテーマによっては、なかなかの辛口表現が飛び出すこともあるが、そこは愛ある言葉と受け取っていただければうれしい限り。(敬称略)

81年首位打者、96年阪神監督

 藤田 平(ふじた・たいら)1947年10月19日生まれ、77歳。和歌山県出身。現役時代は右投げ左打ちの内野手。市和歌山商(現市和歌山)から65年度ドラフト2位で阪神入団。83年に2000安打達成。84年現役引退。95年に阪神2軍監督から1軍監督代行、96年に1軍監督。タイトルは首位打者(81年)。タイトル制定前の67年は154安打で両リーグ最多安打。現役通算2010試合で打率.286、207本塁打、802打点。

〈連載執筆にあたって〉30年近くたっても変わらぬ「すべて本音の人」

 藤田平という人を仮にひと言で表現せよ、と言われたら「本音と建前の使い分けをしない人」とでも答えようか。
 言い換えると裏表がない、よそ行きの言葉を使わない、忖度しない、融通がきかない、べんちゃらを言わない、ゴマをすらない…方向がズレてきたが、要するに会話が常にストレートなのだ。「黙って腹にためていたら病気になる」と考える人だから、すべて本音で返ってくる。
 実は今回の取材で一度だけ表向きの回答、つまり建前を引き出そうと試みたことがあったが、ダメだった。野球評論と同じように歯の浮くような褒め言葉は使わないし、根拠のない期待感などもってのほかという感じ。
 そういう意味ではすごく分かりやすい人。いいのか悪いのか。阪神担当当時とまるで変わっていなかった。(宮田匡二=1996年阪神担当キャップ)