この10年は幸せだったと妻の広美は言う。災害のボランティア活動をきっかけに夫が変わり、楽しく過ごしてきた。

 そしてその生活が、これからも続くものと思っていた―。

 北別府が血液のがんであることをはっきりと告げられたのは2019年の冬だった。

 「数値が非常に悪くなってます」

 やっぱり来たか。

 医師には数年前に、ほのめかされていた。たまたま別の病気で診察を依頼したとき、「もっと大変なものが見つかりました」と告げられた。

 それが成人T細胞白血病だった。はっきりとした自覚症状はその後もなかったが、医師の説明を聞けば、いつか発症するだろうと覚悟はしていた。

入院中に担当医(左)と写真に納まる北別府さん(家族提供)
入院中に担当医(左)と写真に納まる北別府さん(家族提供)

 「がんにかかるなんて思ってもみなかった。厳しい野球の練習に耐えてきた人間だし、不死身ではないかと思っていたくらいだったからね」

 北別府は現役19年間で213勝を挙げ、名球会入りしている。「絶対逃げない」を信条にマウンドに立ち続け、5度のリーグ優勝と3度の日本一に貢献した。カープの黄金時代を支えた強い男に、病気など無縁だと信じていた。

 しかし、隠し通せるものではない。いずれ野球解説の現場から自分の姿が消えることになる。ありもしない臆測が飛び交う前に告白しよう。

 家族と相談し、年が明けた2020年1月20日、白血病に罹患(りかん)したことをメディアで公表。その日を境に、がんとの闘いに入った。

 抗がん剤治療を受けていた期間は吐き気も熱もなく、「やっぱりスポーツで鍛えた自分の身体は強いな」と思っていた。

 ところが、造血幹細胞移植へと移行した5月以降、過酷な現実が待っていた。

 骨髄バンクのドナー登録者には白血球の型が100パーセント一致する人が複数名いたが、移植には至らなかった。新型コロナウイルス感染症が足かせになったからだ。

 移植の際には提供者の移動が不可欠。その移動が制限されていたのは痛恨だった。

 そのため適合率が100パーセントではない次男(俊貴)からの提供という形を取らざるを得なかった。感染の拡大を防ぐため家族との面会も許されない。不運が重なった。

 しばらくすると拒絶反応が起き、闘病生活は想像を絶する苦しみをともない始めた。ひどい口内炎で水分すら満足に取れず、腸炎を発症して一時は意識もなくなり、予断を許さない状況に陥った。(敬称略)