人間にはなぜ「虫垂」があるのか? 科学がついに解明!無用の長物ではなく重要な機能があった
虫垂という器官はこれまで医学の世界では、進化の過程で残された遺物といった程度の扱いでした。最悪のタイミングで炎症を起こしがちな、指のように細長く小さな袋状の臓器にすぎないと、「進化論」のダーウィンですら草食性の人類の祖先が大昔に使っていた臓器とみなし、より大きな消化器官の名残にすぎないと見ていたのです。
これまでずっと、虫垂に関する説明はそれで充分だと考えられてきました。人間は虫垂がなくても、なんの問題もなく普通に生きていくことができます。急性虫垂炎にかかれば、外科医はごく当たり前に患者の虫垂を摘出しますし、摘出後の患者もその後の生活で困ることはありません。しかし、進化というものはそんなに簡単なものでしょうか?
進化生物学者は近年、この小さくて見落とされがちな臓器が本当はどのような役割を担っているのかを改めて考察し、虫垂は私たちが信じていたような「無用の長物」ではないと結論づけました。さてその内容とは…。
腸内細菌に関する学術誌『Gut Pathogens』で2025年、虫垂研究を総合的にまとめた論文が発表されました。結論を先に言うと、虫垂は無益な臓器などではなく、それどころか身体に良い腸内善玉菌にとっての「安全な隠れ家」だというものです。人間の腸は数兆個もの細菌の棲家です。消化や免疫機能、さらにはメンタルヘルス面でも非常に重要な役割を担っていることも、実は近年わかってきたことです。腸内細菌には、善玉菌・悪玉菌・日和見菌の3種類があり、これら3種類の細菌が2:1:7のバランスを保つことが重要と言われています。
虫垂は右下腹部にあり、大腸から飛び出したような形になっています。チューブ状で細長いため、たとえ消化器官が不調をきたしても、虫垂内部が空になることは滅多にありません。おかげで、腸のほかの部分が不調でも、虫垂は善玉菌が生き残る上で理想的な避難場所になっているのです。虫垂にいる細菌は常に腸内に新しい細菌叢(腸内フローラ)を形成します。虫垂はいわば腸内細菌のバックアップ。腸内細菌の保管と管理調整という二つの役割を担っています。これまで脚光を浴びたことのない虫垂という臓器は、人間が進化する間もずっと存在し続けてきた、決して無用なものではなかったのです。
虫垂が重要な機能を持つことは判りました。では、例えば虫垂炎で虫垂を摘出しても、健康的な問題がほとんど生じないのはなぜでしょう。その答えが2025年に『Journal of Personalized Medicine』で発表された論文にあります。ヒトの身体は虫垂の不在を補えるようできている。つまり腸の免疫システムには、虫垂の役割を代わりに果たせる部位が多く存在していると、論文は結論づけています。
虫垂はもともと、より大きな盲腸の一部であり、草食動物の祖先が繊維質を多く含む植物を消化するための臓器だったのですが、人間の食生活が大きく変化し、消化器系が進化していくにつれ、虫垂の本来の機能は失われてしまいます。ところが完全に消滅することなく、別の目的に再利用されたのです。虫垂は進化上の誤りでも偶然でもありませんし、痕跡器官でもありません。虫垂は目立たず控えめに、人間の健康バランスを維持するために働いているのです。
◆松本浩彦(まつもと・ひろひこ)芦屋市・松本クリニック院長。内科・外科をはじめ「ホーム・ドクター」家庭の総合医を実践している。同志社大学客員教授、日本臍帯プラセンタ学会会長。
