なぜネコはマタタビにじゃれつくのか 日本、英国のネコ好き研究者の執念

 ネコがマタタビにじゃれつく、というのはよく聞く話ですが、この行動に岩手大学や名古屋大学など日英の研究グループが挑み、「蚊を避けるため」という明快かつ意外な結論を導き出しました。原因となるマタタビの成分は従来の説とは異なり、蚊の忌避剤として人間に役立つ可能性まで見えてきて、基礎研究の急展開に研究者たちも驚いています。

 ネコがマタタビの匂いを嗅ぐと、なめる、かむ、顔や頭を擦りつける、ゴロゴロ転がるなどの行動を「マタタビ反応」と呼び、江戸時代の浮世絵にまで描かれるほど古くから知られています。

 ちなみにヒョウやライオンなど、他のネコ科動物も同じ反応をします。その原因がマタタビに含まれる「マタタビラクトン」という複数の物質であることは60年あまり前、大阪市立大学の先生が突き止めましたが、なぜネコ科だけがこんな反応をするのか、解っていませんでした。

 名古屋大学の西川俊夫教授はずっとその謎を解明したいと考えていましたが、西川教授の専門は有機化学なのでツテを頼って、ネコの行動や生理の研究に取り組む、岩手大学の宮崎雅雄教授に共同研究を提案。異分野の2人を中心とした謎解きが2013年にスタートしました。

 まず「どんなメカニズムで猫だけが反応するか」を明らかにするため、マタタビの葉に含まれる多くの成分を単離し、それぞれをネコに与えたところ、全く予想外のことが起きます。ネコはマタタビラクトンではなく「ネペタラクトール」という物質に対しマタタビ反応を示したのです。これだけでも大発見ですが、60年前にマタタビラクトンという名前まで付けられた物質を否定することになります。

 細心の注意を払って再現実験を重ね、大阪の天王寺動物園と神戸市立王子動物園の協力で、大型のネコ科動物にもネペタラクトールを与えると、ジャガー、アムールヒョウ、シベリアオオヤマネコがマタタビ反応を示しました。このことから、ネコ科動物にマタタビ反応を起こす重要な物質が「ネペタラクトール」であることが確定されました。

 そしてついに核心「ネコはなぜマタタビに反応するのか」。そもそもネコと大型のネコ科動物は、約1000万年前に種が分かれてそれぞれ進化している。どちらもマタタビ反応をするのは、彼らの共通の祖先が既に持っていた習性だろう。ということは、マタタビ反応はネコが喜んでいるだけではなく、何か重要な役割があって引き継がれてきたのではないか。そう考えた研究グループは次の実験に移ります。

 ネペタラクトールを壁や天井に塗ると、ネコは顔や頭をしきりに壁に擦りつけましたが、床の上をゴロゴロ転がりません。おそらくネコは意図的にネペタラクトールの匂いの源に顔をこすりつけているのです。ネコが生まれて初めてマタタビの匂いを嗅いでも同じように行動するそうです。これは学習によらない本能の行動です。つまり、いい匂いだから嗅ぐのではなく、ネコはこういう行動をする遺伝子を備えていて、嗅ぐと体が勝手に擦りつけ始めてしまうのです。

 この研究の過程で、ネペタラクトールは「蚊」が苦手とする物資であることも判りました。30匹の蚊が入ったケージの中で、ネペタラクトールを塗ったネコは蚊に刺されにくくなっていたのです。ネコのマタタビ反応がネペタラクトールを体に擦りつけるための行動で、これによって寄生虫やウイルスなどを媒介する蚊を避けている、ということが解明されたのです。

 現時点での推論はこうです。ネコ科の動物は肉食で、茂みの中という、蚊に刺されやすい場所にしゃがみ込んで獲物を狙います。こういった習性を持つネコ科動物の祖先にとって、顔にマタタビの匂いを擦り付けて蚊をよける習性が遺伝子に組み込まれて本能になったのではないか。

 岩手大、名古屋大、英リバプール大、京都大、宮崎研究室のネコ25匹と野良ネコ30匹が協力して「ネコはなぜマタタビに反応するのか」という長年の謎に決着がついたのです。そして今回の研究を通じ、ネペタラクトールを使って、日本脳炎やジカ熱などの伝染病を媒介する「蚊」専用の殺虫剤が開発される、というオマケまで付いてくるかもしれません。

 ◆松本浩彦(まつもと・ひろひこ)芦屋市・松本クリニック院長。内科・外科をはじめ「ホーム・ドクター」家庭の総合医を実践している。同志社大学客員教授、日本臍帯プラセンタ学会会長。

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