【野球】同期入団4人全員が30年間連続ユニホーム 優秀な人材発掘していたヤクルトの95年ドラフト「僕が最初に脱ぐことに」宮出隆自さん

 ヤクルト、楽天で投手、野手として17年間にわたってプレーした宮出隆自さん(48)には、30年来の仲間がいる。1995年度のドラフトでヤクルトに同期入団した4人は、現役を引退後も指導者としてユニホームを着続けてきた。昨年限りでヤクルトを退団し、同期の中で最初にプロ野球人生にひとつの区切りをつけた宮出さんが、仲間への思いや今後について語った。

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 極めて異例といっていいだろう。95年のドラフトでヤクルトに同期入団した4人は、現役引退後、全員がユニホームを着続けてきた。

 「他に絶対いないんじゃないですか。4人しか入団してなくて4人ともですからね。30年で僕が最初にユニホームを脱ぎましたが、ほかの3人はみんな31年目に入りましたから」

 その年のドラフトでは、ヤクルトを含め、巨人、中日、近鉄、日本ハム、ロッテ、オリックスの7球団が福留孝介選手(日本生命)を1位指名。2度の抽選に外れたヤクルトは上宮高の三木肇内野手を1位で指名、2位は宇和島東高の宮出さん、3位は明大の野村克則捕手、4位は東京学館の石井弘寿投手だった。

 ヤクルトに入団した4選手は、野村克也監督の薫陶を受けて、いずれも10年以上の現役生活を送り、引退後はそれぞれが指導者となりプロ野球界にずっと携わってきた。

 「同じ時期に入って同じユニホームを着てずっと野球をしてきた仲間。とてもいい関係です。チームはバラバラになったりしてますが、グループLINEでつながっていてオフには必ずみんなで集まってます」

 31年目のシーズンを前に宮出さんはプロ野球界からいったん離れたが、三木氏は昨年から楽天監督に再登板、野村氏は阪神の2軍バッテリーコーチ、石井氏は広島の1軍投手コーチとして新たなシーズンを迎えた。ただ、三木監督は6月9日にチームの成績不振の責任を取って休養を余儀なくされた。

 「プロの世界はそれくらい厳しくて大変だってことですよね。いろいろな思いはたくさんあると思う。肇(三木さん)には、しばらくゆっくり休んでほしい」

 宮出さんは志半ばでユニホームを脱ぐことになった盟友の心中を察した。同じ釜の飯を食べてきた仲間との絆は、違うユニホームを着ても、ユニホームを脱いでも変わることはない。

 17年の現役生活では6年を投手として過ごして6勝したが、可能性を求めて野手に転向。外野のレギュラーの一角を担い規定打席に到達するなど勝負強い打撃でチームに貢献し、トレードも経験した。サイクル安打に4度も王手をかけたのはいい思い出だ。

 「そんなに打席に立ててないのに、すごいですよね。達成できなかったのは、らしい感じがしますけど」。そう言って笑った。

 起伏に富んだプロ野球人生を「投手、野手両方を経験できたのはよかった。たいしてお金は稼げませんでしたけど、ケガや手術もあり順風満帆じゃなかったから、苦しんでる人の気持ちも分かるというか。だから、逆にそれはそれで良かったんじゃないかと思いますね」と振り返る。

 悩み苦しみながら現役を続けたことは、その後の指導者人生の糧となった。1軍ではヘッドコーチとして優勝、日本一にも尽力したが、1、2軍でコーチを務めて気づいたのは「2軍のコーチの方が性に合ってる。一緒に駒を削って作っていくことの方が得意。(動かすことより)いい方向に導いてあげることの方が好きなのかな」ということ。

 ヤクルトを退団後、新たにコーチ契約を結んだヤクルトアカデミーで、野球がうまくなりたいと純粋に取り組む子どもたちに指導をすることに喜びを見いだす日々だ。

 将来的なビジョンもぼんやりながら描いている。「例えば、指導法をマニュアル化して講師を育成して派遣したりするのも面白いんじゃないかなと思ってます」。退団後に立ち上げた自身の会社で将来的にやっていきたいことを模索する。

 同期4人の中で、一足先にプロ野球界を離れたのは前向きな決断。

 「みんないつかはユニホームを脱ぐ。僕はみんなより、ちょっと決断が速くて、次のステップに向かって一番初めに動き出しただけ」と語る。

 第二の人生に踏み出したばかりの48歳は「いろんな分岐点で人に恵まれてきたことで、30年ユニホームを着ることができました。あっという間でしたけど、これからの人生は、きっと、もっと早い。一日一日悔いのないよう、過ごしていきたいですね」。感謝を胸に前へ進んでいく。

(デイリースポーツ・若林みどり)

 宮出隆自(みやで・りゅうじ)1977年8月18日生まれ。愛媛県出身。宇和島東高から95年度のドラフト2位で投手としてヤクルトに入団。2002年から野手に転向。06年に規定打席に到達し、打率・275、9本塁打、59打点をマーク。09年から楽天で2年間プレーしてヤクルトに復帰。投手では49試合で6勝5敗、防御率4・73。通算701試合出場で458安打、216打点、39本塁打、打率・277。引退後はヤクルトの1、2軍の打撃コーチなどを務め、21年は1軍ヘッドコーチとしてリーグ優勝、日本一に貢献。

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