【スポーツ】石川遼の衝撃的発言からみるゴルフというスポーツの怖さ

 ゴルフという競技の深淵を覗かせられているようだ。

 9月28日、米男子ゴルフの下部ツアー入れ替え戦「ウェブドットコムツアー」3日目、後半でスコアを大きく崩した石川遼は、試合後、あまりの不甲斐なさに、涙まじりにこう語ったという。

 「これまで積み重ねてきたものが全部なくなってしまう感覚」

 この言葉には、ゴルフというスポーツの怖さが凝縮されている。

 何万回、何十万回とスイングし磨き上げた精密機械のような感覚が、ある日突然消え、ドライバーを振り上げた途端、体が硬直しクラブを下せなくなったり、数十センチのパットが届かなくなってしまうのだ。技を極めた人間が、状況によって、こうした症状に陥ってしまうことを、スポーツの世界、とくにゴルフや野球の世界では「イップス」と呼ぶ。

 この発言から推測するに、石川もイップスではないか。

 ただし、イップスを正確に定義できる専門家が誰もいないのも事実だ。症状があまりに突飛なため、イップスを完治不能の一種の奇病のように言う人も多いが、単に、極端に下手になっている状態に過ぎないという人もいる。

 石川も今の状況を「下手になっている」と繰り返すように、イップスをあえて定義するなら、言葉は乱暴だが「ド下手」になっているという解釈がもっとも近いのかもしれない。

 どうであれ、発言から推測するに、石川が選手生命の危機といっていいほど困難な状況に追い込まれていることは間違いない。

 プロスポーツ選手は通常、弱みは他人に見せない。見せないことで、崩れそうな自分を持しているものだ。しかし今の石川のその精神状況を超え、不安を吐かざるをえないのだろう。そうすることで、ギリギリのところにしがみついているようですらある。

 ありとあらゆる競技の中で、ゴルフほど怖いものはない。理由は2つある。ひとつは、プレー中、考える時間が圧倒的に長いということ。もう1つは、選手寿命の長さだ。

 経験や思考は年齢を重ねるたびに深まるのに、肉体のピークは早く、あとは緩やかに衰えていく。そのギャップが、ゴルフを長く続ければ、必ず一度はイップスにかかると言われるゆえんだ。ゴルフの場合、経験はもっとも大きな障害にもなりうる。

 かつて極度のパットスランプに陥り、以降、低迷してしまったプロゴルファーの佐藤信人は、ずいぶん前から今の石川の姿をはっきりと予言していた。

 08年にプロデビューし、2年目に史上最年少で日本ツアーの賞金王になるなど、破竹の勢いで勝ち続けていたときも、佐藤は、「遼君も、いつか絶対、思い通りにいかくなるときがくる」と言い、実際、石川は11年から12年にかけ、約2年間、勝利から遠ざかった。そこから復活優勝を遂げても、佐藤は「一度、おかしくなると、ちょっとよくなっても、また、すぐ悪くなるから」と、前途多難であることを予言していた。

 石川遼は、まだ26歳だ。現在の苦境は、若くして栄光をつかんだ代償なのだろう。

 しかし、こんなときだからこそ、石川に注目したい。這い上がろうとしている人間には、勝ち続けている人間にはない、黒光りするような魅力がある。(ノンフィクションライター・中村計)

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