【五輪サイドストーリー】ペア木原龍一「引退するか」から金メダルへ リンクでアルバイトの日々「雷が落ちた」ような出会いから始まった三浦と快進撃

 「ミラノ・コルティナ五輪・フィギュアスケートペア・フリー」(16日、ミラノ・アイススケートアリーナ)

 世界王者でSP5位からの逆襲を狙った“りくりゅう”こと三浦璃来(24)、木原龍一(33)組=木下グループ=が会心の演技をみせ、世界歴代最高となる158・13点をマーク。合計231・24点とし、現行採点方式となった06年トリノ五輪以降最大となる6・9点差を大逆転し、金メダルを獲得した。

 “りくりゅう”がついに金字塔を打ち立てた。木原は三浦と出会う前、のちに2人の原点となる愛知・名古屋市の「邦和みなとスポーツ&カルチャー」でアルバイトをしていた。社員としてともに仕事をしていた飯岡裕輔さん(34)が当時を振り返った。

 アルバイトの仕事内容は、貸靴の受付やスケートリンクの監視員など。週3日程度シフトに入っていたという。リンクで顔を合わせる中で記憶に残っているのは、貸靴コーナーで木原がこぼした「自分と同年代の子たちが社会に出ている中で、自分はスケートしかやってきていない。この後どうしようかな」という言葉。平昌五輪を終えてケガに悩まされ、前のペアの解散した木原には「将来について不安な面があったんだろうな」とおもんぱかった。

 競技生活に区切りをつける考えもあった。「挫折とはいかなくても、人生についてすごく考えていた」と飯岡さん。同時にアルバイトをしていた元選手の日野龍樹さんとは「(シングルで)全日本選手に出場してから引退するか」と話していたこともあったという。

 しかし、19年7月に転機は訪れた。三浦からのトライアウトの申し入れ。木原は「心なしか喜んでいたように見えた」と、新たな希望に心は弾んでいた。同リンクでのトライアウトを終えた後は「すごく良かった」とその時点で三浦との明るい未来が見えた。飯岡さんも「結成当時の距離間と今の距離間を見ても変わらない。最初から相性が良かったんだろうな」と語り、木原にとっては「雷が落ちた」ような出会いだった。

 木原は「すごく真面目で真っすぐな方」だという。アルバイト中も、小さい子どもがいれば目線を合わせて話すなど、誰にでも優しい姿が印象的だった。昨年12月のGPファイナルの練習でリンクを利用した際も、木原は、アルバイト時代の知人へのあいさつを忘れなかった。飯岡さんは「『一番落ち着く。知っている人がいつも温かく出迎えている。とてもうれしい』と言ってくれた。一番うれしい言葉だった」と木原の言葉に感激した。

 「そういう気遣いがあるからこそ、三浦選手とのコンビネーションだとか、日頃のコミュニケーションがうまくできているんじゃないかな。日々の積み重ねで今があるんだと思います」と飯岡さん。名古屋から始まった2人の物語。ついに栄冠をつかんだ。

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