【五輪サイドストーリー】丸山希の恩師が明かす大けがからの再起 北京五輪で涙の落選→誰よりも早くジャンプ台にいた

 初出場で五輪銅メダルを獲得した丸山希(北野建設)。明大進学時から北野建設に所属する現在まで指導する横川朝治監督(59)が、左膝の大けがから再起した当時の様子を明かした。

 出場が有力視されていた22年北京五輪。丸山は開幕4カ月前の全日本選手権ラージヒル(大倉山ジャンプ競技場)の着地で激しく転倒し、左膝前十字靱帯(じんたい)損傷や骨挫傷などの大けがを負って出場を逃した。

 手術と懸命なリハビリを経て翌シーズンから競技復帰したが、飛距離を出すと恐怖心が勝ってしまう。K点の手前から体が緩み、本来飛べるはずの9~10メートル手前で足を出し、しゃがみ込むように着地してしまうジャンプが続いていた。

 克服するためには慣れるしかない。横川監督は「相当(飛距離が)損してるよ」と正直に伝え、あえてゲートを上げて強制的に飛距離を出し、恐怖心と戦う練習を課した。

 ある日の練習開始前。会場に到着して選手らがウオーミングアップをしている時に、丸山の姿が見えない。ふと見上げると、丸山はすでにスーツを着てジャンプ台に上り、飛ぶ準備を始めていた。普通は風の強さや天候を判断しつつ、他の選手が飛ぶ様子を見てから自分が飛びたいもの。しかし丸山は率先して最初に飛んだ。「行けなかった五輪への思いは相当強かったと思う。同じチームでも、飛ぶ(本数)が1本多いぐらいスピードが違った」と横川監督。次の五輪に向け、めらめらと燃えている気持ちが伝わってきた。

 誰よりも多く飛んだことで恐怖心は段々と薄まり、今では「飛距離が出ると楽しい」とまで言えるようになった。「作山コーチ、横川コーチにはたくさん迷惑をかけた4年間だったと思うけど、1つ1つ積み重ねてトレーニングしてきて、こうしてメダルを手にすることができて、この4年間は頑張ってきてよかったなと思う」。この日の2本目は、会心の100メートルの好ジャンプ。4年前の大けがとトラウマをバネに変え、丸山が輝くメダルをつかんでみせた。

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