モンタナの聖者、クレスニック(下)

 1966年の近鉄は後半に入ってズルズルと後退。岩本義行監督は公式戦終了後に辞任した。

 新監督には、生え抜きの小玉利明がプレーヤー兼任で就任した。これがまたクレスには不運の種になった。

 いま考えると、クレスという男はつねに新しい力に弾き出されるといった宿命みたいなものがつきまとっていた。

 大リーグに上がったとき、エド・マシューズがいて出番がなく、大洋でやっと落ち着いたかと思うと、スタンカの入団で近鉄へ。その近鉄では、小玉新監督の就任からまたまたチームを出ることになった。

 翌67年の春、クレスは新しいシーズンのために来日したが、すでに近鉄を辞めるハラだったらしい。

 前任の岩本監督はクレスをよく使ったが、コーチ兼三塁手の小玉選手とウマが合わなかったのか。その小玉選手が今度は監督兼任となって、2人の間はどうにもならない状況に発展していたのか。

 そのあたりの事情はわからないが、たとえ不運があったにせよ、実力さえあれば食っていける世界だ。

 会うチャンスがあれば、なんとか話し相手になってやろうと考えていたとき、その春のオープン戦で大阪へ行くことになった。

 調べてみると、近鉄も大阪にいる。そこで連絡をとって、クレスに会いに出かけた。

 近鉄時代のクレスは同僚の家に同居していた。訪ねると、「上がってくれ」とひどく憔悴した顔で迎えた。

 これはかなり重症だなと思いながら部屋に入ると、白いシーツが広げられ、その上に彫りかけらしい仏像があった。「なぜ、仏像なんか彫っているんだ」と、聞くと、「気持ちを静めるためだ」と言った。

 それからいろいろと不満や悩みを私に訴えた。要するに、小玉監督がクレスを必要ない人間と見ているらしいのだ。

 「オレは辞める」と、悲痛な顔で訴えるクレスに、私は「ガマンできるならガマンしろ。またチャンスが回ってくるかもしれないではないか」と言ったが、クレスの決心は固かった。

 近鉄の慰留にもクレスの態度は変わらず、球団もついに諦めたが、ここまでもつれただけに、球団も年俸の二割?ほどの金を渡そうとした。だが、クレスは断った。

 「たしかに今季の契約は済ませたが、私はまだ働いていない。働いてもいないのにもらう金は不浄の金である。神もお許しにならないと思う」が理由だった。しかし、どうしても受け取ってほしい球団の好意にクレスも折れ、近鉄を辞めた。

 クレスはこの金で硬式野球の道具をひと揃い買って、東京にいるときは必ず礼拝に行っていた上智大学の野球部に寄付した。

 その後、しばらくして、上京してきたクレスに会った。「これからどうするつもりだ」とたずねたところ、「北海道へ行ってみる」と言う。

 当時、北海道にはプロのチームはないし、クレスの知人がいる話も聞いたことがない。「トラピスト修道院に行って、あそこで牧師になる勉強をするつもりだ」と告白されたときは驚いた。

 トラピスト修道院といえば、沈黙、非肉食、苦行、禁欲といった厳しい戒律をもつカソリックの会派と聞いている。

 もはや私ごとき不信心な男が口を出す余地はない。「じゃ、元気でいってこい。便りを忘れるな」と言うほかなかった。

 だが、どういう理由か知らないが、彼の希望はかなえられず、そこで今度は広島へ飛んで、広島遠征の際に通っていた教会へ行き、そこで教会の仕事を手伝うことが決まった。

 クレスから連絡を受けてその話を聞き、ヤツはやっぱり本気で牧師になろうとしているのだと思ったが、また状況が一転する。

 なんとも忙しい男だ。どんなルートでそうなったか知らないが、シーズン途中ごろに、「阪神に入った」と連絡があった。やはり、「神が野球を与え給うた」というクレスには、野球をやることが神から与えられた道と考えていたのだろう。

 67年のクレスは、阪神で43試合に出場し、打率・215、5本塁打で終わった。しかし本塁打の中には、9月2日、後楽園球場での巨人対阪神21回戦で打った2本のホームランも入っている。

 この試合、二回に阪神がクレスの3点本塁打で先行したが、それも束の間、すぐに追いつかれて4対4で延長戦に入った。

 勝負を決めたのは、十一回のクレスのホームランだった。例の、“牧師騒動”でろくに練習もしていないのによく打ったものだ。だが、この1年だけでクレスはユニホームを脱いだ。

 公式戦が終わって間もなく、彼が上京してきた「オレはアメリカに帰る」と言う。

 「そうか、残念だな。しかし、よくやったじゃないか」。私は家内と2人で羽田空港に見送りに行った。

 この空港にバット一本を下げてクレスがやって来たのは4年前の初夏だった。この4年間、まるで巡礼者のようにひたすら野球を求め続け、いまは満ちたりた顔でアメリカへ飛び立とうとしている。

 空港で別れを惜しんでいると突然、クレスが真面目な顔つきで、「ウシ、オレが今何を考えているかわかるまい」と言った。

 「どうせ、おまえさんのことだ。金でも掘りに行くんだろう」と、冗談のつもりで答えたところ、驚いた顔で、「なぜ、わかった。オレはアメリカへ帰ったら金を掘るつもりだ。もし、うまくいったら、そのときは金と航空券2枚を送るから必ずアメリカへ来てくれ」と、目をキラキラさせながら言った。

 「ま、体に気をつけろよ」と、それだけ言うのが精いっぱいだった。帰り道、家内に、「いい男だったよ。あんな男とはもう二度と会えないかもしれない」と話したことを覚えている。=一部敬称略

(デイリースポーツMLB解説委員・牛込惟浩)

  ◇  ◇

 牛込惟浩(うしごめ・ただひろ)1936年5月26日生まれ、78歳。東京都出身。早稲田大学を経て64年、大洋ホエールズに入団。渉外担当としてボイヤー、シピン、ポンセ、ローズなど日本球界で大活躍した助っ人たちを次々と獲得し、その確かな眼力でメジャー球界から「タッド」の愛称で親しまれた。2000年に横浜ベイスターズを退団。現在はデイリースポーツMLB解説委員。

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