バブル期の憧れホテル、大阪で閉館…元従業員が語る「80年代の伝説」
10月16日に惜しまれながら閉館した、大阪・堂島の「ANAクラウンプラザホテル大阪」(大阪市北区)。1984年に開業し「バブル期の憧れ」的存在でもあった。閉館日に集まった元スタッフたちに、バブル時代の華やかな思い出を聞いた。
■ 1980年代…高級ホテル御三家→ホテル戦争10月16日、12時過ぎから、宿泊客や従業員など約100人が参加する「閉館セレモニー」がおこなわれた。歓楽街・北新地らしくシャンパンで乾杯をして、41年の歴史を締めくくった。
「ANAクラウンプラザホテル大阪」が開業したのは、バブル時代が目前に迫った1984年。当時は「ロイヤルホテル(現リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクション)」「東洋ホテル(2013年閉館)」「ホテルプラザ(1999年閉館)」が、大阪の名門高級ホテル御三家と呼ばれる時代だった。
そんななか、新しく開業した「ANAクラウンプラザホテル大阪」は、同時期の「ホテル日航大阪」「ヒルトン大阪」と並んで、「バブル期の憧れ」的存在となる。その後、1990年代に「ホテル阪急インターナショナル」「ウェスティンホテル大阪」などが開業し、時代は梅田のホテル戦争へと突入していく・・・。
■ バブル時代のスタッフたちが「伝説」を語る閉館セレモニーに集まった、開業当初~1993年入社の元スタッフたちに、バブル時代の華やかな思い出を聞いた。
「昔は1階ロビーに噴水があって、そこが北新地のきらびやかなホステスさんとお客さまの、同伴出勤の待ち合わせ場所になっていました。17時~18時はロビーに人がいっぱいで、待ち合わせ相手が見つからないほど。館内放送で呼び出すのは品が無いので、名前を書いたボードを持ちながらベルを鳴らし歩いて、お客さまをお呼び出ししました」。
「近隣の大企業が今よりも多く、一部上場企業や中小企業の社長など、普通の世界より華やかでお金持ちなお客さまがいらっしゃっていました。夜はホテル前のタクシーの行列もすごかったです」。
また、宿泊客の要望を叶える、今でいうところの「コンシェルジュ」サービスも、1980年代から始めていた。
当時、責任者を務めた女性は「まだ、どこのホテルもコンシェルジュをやっていなかったので、どうやっていいのかわかりませんでした。同じ部署の後輩たちと相談しながら、一から独自のホスピタリティを作ったように思います。大阪らしいフレンドリーなおもてなしの気持ちを大切にしていました。関西人でB型の集まりだったので、少し個性的なおもてなしだったかもしれませんが(笑)」と懐かしんだ。
1987年には、マドンナが「大阪球場(現なんばパークス)」の来日公演のために宿泊。元スタッフたちも、マドンナを見かけたと話していた。
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近隣の会社員が、ビアガーデンや宴会の利用でも重宝していた「ANAクラウンプラザホテル大阪」。また一つ、バブル時代の華やかな雰囲気を残すホテルが閉館し、大阪の一時代が終わったように感じられる。
取材・文・撮影/Lmaga.jp編集部
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