「雨上がり決死隊」は何がスゴかったのか…異例の解散報告を終えて考える
8月17日付で32年の活動に幕を下ろしたお笑いコンビ・雨上がり決死隊。「雨上がり決死隊解散報告会」と題して配信された『アメトーーク!特別編』では、出川哲朗やFUJIWARA・藤本敏史が「納得いかない」と号泣する一方、ケンドーコバヤシや東野幸治はこの報告会をバラエティとして成立させるため辣腕をふるった。
解散報告にゲストが集まるという異例の配信で、売れっ子たちがなんとしてでも見届けたかったふたりのラスト。そこまで愛された雨上がり決死隊とは、あらためてどんなコンビだったのか。その道のりやスゴさについて考察していきたい。
文/田辺ユウキ
まず雨上がり決死隊のプロフィールを簡単に振りかえる。同コンビは1989年、NSC7期生の宮迫博之、蛍原徹で結成。1991年にナインティナイン、FUJIWARAら若手人気芸人たちで組まれたダンスとお笑いをミックスしたユニット・吉本印天然素材(以下、天素)でブレイク。
その後、吉本興業の許可を得ずに上京し、鳴かず飛ばずの時期を過ごすが、2000年からの『ワンナイR&R』(フジテレビ系)で全国区に。2003年、初の全国ネットの冠番組『雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーク!』(開始当時は『ー』が1本・テレビ朝日系)の放送がスタートした。
2019年に宮迫の闇営業が発覚し、その後、吉本興業とのマネジメント契約解除。コンビ活動も休止状態となり、2021年8月17日に解散を発表した。
■ 秀でた役者・宮迫雨上がり決死隊のどういうところが魅力的だったのか。まずひとつは、コントのときのキャラクター性のおもしろさだ。特に宮迫がコント内で演じた奇抜な役の数々はウケまくった。インパクトが強いのが『ワンナイR&R』の名物キャラ、轟さんだろう。
太い眉と黒く縁取った目、鼻、口。白いタンクトップと黒いタイツ。江頭2:50を彷彿とさせる体の動き。男子(男すぃ)に対して強引にスキンシップを図り、女子(女すぃ)には「女子は黙ってろよ!」と問答無用に暴言を叩きつける。そして下腹部で組んだ手を「ギューン」の奇声とともに引き上げる。このキャラクターが人気を博した。闇営業発覚後、ユーチューバーとなった宮迫が自身のチャンネルで轟さんを復活させると、「最高」「完全に別人格」と大きな反響を集めたほどだ。
「解散報告会」のときも、宮迫は「自分が悲しむ姿を見せると嘘くさいと言われる」と口にしていたが、それは良くも悪くも彼が秀でた役者であることの裏付けである。映画『蛇いちご』(2003年)や『純喫茶磯辺』(2008年)でも芝居の巧さは証明されていた。その高い演技力をもってコントでも個性的な役に臨み、轟さんのように何年たっても忘れがたいキャラになりきった。蛍原も、解散報告時で「酒臭いままで現場にやってきても、本番になれば本当にすごい」と実力を評価していた。
■ 蛍原は受けの達人そんな蛍原は、何といってもコント時の「受け方」が抜群だ。同じく『ワンナイR&R』で山口智充とみせたコント「チョコボーイ山口」は今観ても爆笑してしまう。あらゆる物事を下ネタに捉えて過敏に反応する山口に対し、相手役のおばあちゃんを演じる蛍原は言われるがまま、されるがままの状態を崩さない。「この人はなぜこんなに興奮しているんだろう」と浮かべるそのピュアな表情が、山口の気分をより高揚させていく。蛍原の受けは、相手のキャラクターの強度をより高めていくのだ。
蛍原は、決して無駄にツッコまない。相手を引き出すというより、出し切らせる。宮迫のようにマシンガンのごとく手数を出す相方を持っていたからこそ、身についた技ではないか。「解散報告会」でも宮迫が自分の気持ちを喋っている合間は絶対に口を挟まなかった。すべてを話させたうえで、宮迫より少ない口数で自分の想いを明確にしていった。
一方で情報番組『スッキリ!』(日本テレビ系)で芸能記者・中西正男氏が、蛍原の性格について「すごく頑固。一度決めたことは、何を言われても譲らない」と証言。基本的にどんなことでも受け入れるタイプだからこそ、その一線を越えたときの揺るぎなさも人一倍なのだろう。コンビ解散に関して宮迫が未練を残すなか、蛍原は再結成の可能性を頑として否定していた姿はその性格のあらわれだ。
■ MC担当番組は若手芸人の登竜門に雨上がり決死隊のふたつめの魅力は「MC力」だ。雨上がり決死隊のMCスタイルは、どんなにニッチな題材でも、ゲストの芸人たちの持ち味を生かしながら、その世界の見識を広げていくところにあるだろう。書籍『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり <ポスト平成>のテレビバラエティ論』(2018年)で著者・ラリー遠田氏は、メガネ芸人といったくくりトークの手法を編み出した『アメトーーク!』の特性について、「どうでもいいことを力技で笑いに変える」と評したが、それは番組の企画性と雨上がり決死隊の腕の良さが相まったものである。
『アメトーーク!』ですべり芸人として登場したワッキーは、雑誌『Quick Japan Vol.79』(2008年)のなかで「雨さんがゲームメイクして、俺がオウンゴールを連発する」と、オチまでの道筋を雨上がり決死隊がいかに巧妙に作っているか語り、番組プロデューサーの加地倫三氏も同書で「お2人の拾い方がうまい」とMCとしての力を絶賛した。
日本テレビ系『芸人報道』(2010~2014年)も、そんな雨上がり決死隊の仕切りのうまさを感じさせた番組のひとつ。雑誌『コメ旬 Vol.5』(2012年)のインタビューで宮迫は、番組内容について「どうでもいい芸人の情報ばっかり」としていたが、しかし無名芸人が同番組に出演すると、途端に業界内評価が高まった。
たとえば出演者のストロベビー・ディエゴは俳優・唐沢寿明に可愛がられるまでになり、中居正広の番組『うもれびと』(フジテレビ系)にも呼ばれた。『アメトーーク!』も然りだが、世間にあまり知られていない芸人も雨上がり決死隊の手にかかると、輝くことができる。宮迫、蛍原は着眼点に優れているのだろう。こうしてふたりがMCをつとめる各番組は若手芸人とって登竜門となっていった。
■ 芸人から慕われる力また雨上がり決死隊は、「芸人支持率」が高いコンビであることもよく知られている。さまぁ~ず、くりぃむしちゅーと共演したテレビ朝日系『ミドル3』(2004~2007年)は、当時中堅芸人であり、また後輩芸人らにとって、ビートたけし、明石家さんま、タモリの「ビッグ3」よりも親しみやすい存在として起立するために名付けられたタイトルだが、面倒見の良い雨上がり決死隊にもぴったりのものである。
若手の頃は天素で期生が近い芸人たちと切磋琢磨し、『アメトーーク!』で「先輩後輩芸人」「華の47年生まれ芸人」といった企画を成立できたのは、雨上がり決死隊が昔から「世代」というものを強く意識しながら活動していたからではないか。
天素で一緒だったフジモンは「解散報告会」でお笑い芸人としてはありえないくらい涙を流し、ナインティナインも19日の『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で「仲良くしてもらい、甘えさせてもらった。天然素材を背負っていたのは雨上がり決死隊だった」と感謝。
後輩の中川家も解散発表当日の『ザ・ラジオショー』で、「このニュースを知ってから気持ちが下がった。お世話になっていたから。ハリガネロックが解散したときよりもショック。現状維持でも良かったのに、何も解散までしなくても・・・」と肩を落とし、狩野英孝は翌日のTBSラジオ『JUNK』で「大御所のMCは本来、楽屋は別々だけど、雨さんはいつも一緒だった」など思い出話に花を咲かせた。そういった声は、すべて雨上がり決死隊は信頼の厚さからくるものではないだろうか。
芸人の持ち込み企画を柔軟に受け入れ、チームとして雛壇芸人と一体となって盛り上げ、くすぶる芸人たちをフックアップしてきたバラエティ番組『アメトーーク!』。そんな稀有な番組が成立するほど芸人から慕われる力を持っていたのが、雨上がり決死隊だった。
今後は蛍原ひとりで続けていくことになったが、時代を代表するコンビだったことは間違いない。
(Lmaga.jp)
