北条政子の呪詛から頼朝の愛人を救った絶世の美女・小野小町 命がけ17日間の祈願「伝説の地」を行く

 北条政子の呪詛(じゅそ)から頼朝の愛人を救った絶世の美女を祭る小町神社。今も基地の町・厚木の山あいにひっそり佇(たたず)む。

 現在、放送されているNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、源頼朝の女好きが暴かれいる。頼朝の愛人だった女性は数多くおり、そのほぼ全員が嫉妬深い正妻・北条政子の怒りを買ったとされる。江口のりこ演じた亀の前は、住んでいた家を破壊されただけだったが、命を狙われた女性がいた。頼朝の乳母・比企尼の長女である丹後局(たんごのつぼね、丹後内侍)である。

 鎌倉幕府の半公式文書『吾妻鏡』では、彼女が文治二(1186)年に病気になると頼朝はお忍びで見舞いに訪れたほど親しい関係だったことが書かれている。そのため、当時、丹後局は御家人・安達盛長と結婚しており、後年景盛という子が出産したが、頼朝の子であるとのウワサが流れたほどである。また、薩摩の島津家の祖・島津忠久は、頼朝と丹後局との間に生まれた子供だったという頼朝落胤(らくいん)説も根強い。

 頼朝と丹後局のロマンスを示す資料はないが、丹後局の妊娠を知った政子が大激怒し、殺害を命じたらしい。そのため、丹後の局は身代わりを立てて逃走。今の神奈川県厚木市にある小野の里にある愛甲氏の館にかくまわれたという。

 だが、嫉妬深い政子がそのままで引き下がるわけがない。怒った政子は愛甲氏の館を焼き打ち、丹後局に呪いをかけた。そのため、丹後局の髪が一夜にして老婆のように、真っ白になってしまった。

 髪は女の命である。途方暮れた彼女が頼ったのが、神仏の力だった。小野の里には、平安時代中期に編さんされた法典『延喜式』にも記載されている「愛甲郡小一座小野神社」である小町神社あった。小町神社は厚木市観光協会「あつぎ観光なび」にも記載されている。小町神社に祭られいるのは、平安時代の女流歌人で絶世の美女といわれた小野小町とされている。この付近は小野小町の出生地ともいわれ、小町神社周辺には化粧池や化粧井戸など伝説も数多く残っている。

 その絶世の美女の力にすがるため、丹後局は小野小町に17日間の祈願をかけ、元のような黒髪に戻ったのだという。この伝承は神社の本殿横の看板にも記載されている。

 今回、小町神社を訪れたが、小田急線本厚木駅からバスに揺られ「小野宮前」というバス停で下車。そこから高松山ハイキングコースを200メートルほど上った場所にあったが、そのあまりの急勾配に一気にたどり着くことはできなかった。実際、わずか200メートルの道に休憩用の簡易ベンチが3カ所も設けられていた。

 昔は整備されてもいないこの山道を丹後局は17日間も上ったとは…。げに恐ろしき北条政子の嫉妬心から生まれた怨念である。

(デイリースポーツ・今野 良彦)

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