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なかにし礼 戦後70年、日本の今語る

 今後の日本社会や芸能活動を語るなかにし礼氏=東京・虎ノ門の日本コロムビア本社
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 今年3月にがんの再発を公表し、治療に専念していた作詩家・作家のなかにし礼氏(76)が、がんからの復帰を果たし、スポーツ紙では初となるインタビューに応じた。

 自分自身を形成したという戦争体験を、戦後70年を機にあらためて振り返ったなかにし氏。昭和の歌謡界を華やかに彩った作家は、大きな転換期に差し掛かっている日本の現状に迫り、生きることへの率直な心境を語った。また、作詩家生活50年の節目に描いている、新たな構想も明かした。

 -がんの再発が判明してから約半年。現在の状態は。

 「がんは現段階ではほぼ消えました。腫瘍マーカーも正常値以下。一般的に言えば、治ったとなる。よく死なないでここまで来たと実は思っています」

 最初に食道がんが見つかったのは12年2月。陽子線治療が実り、同10月に仕事復帰。だが、今年2月に食道横のリンパ節に再発。手術は不完全に終わっていたという。

 「リンパ節が気管支にくっつき一時は穿破(せんぱ=がんが壁膜を破って他臓器に侵食すること)の心配がありました。壁を破ったら最期と随分切迫した状態を過ごしたのですが、現状は危険性もうせたであろうと。抗がん剤は4回やり、衰弱しましたが立ち直っているところです」

 -戦後70年。闘病を続けながら安保関連法案などをめぐる、日本の動きを、どう見ていたのか。

 「第2次安倍政権は、日本の歴史上、類を見ないほど、政治の上でルール違反を犯しています。安倍さんの時代になり戦前の日本が唱えていた国家主義のようなものが突然、言い出され始めた。政治が迷路というか、悪路に入り込んでいる」

 自民党議員が、安保法案反対デモを展開する若者たちを「利己主義だ」と批判したことにも話題は及んだ。

 「戦争に行きたくないから反対と言う。それでいいわけですよ。ばかな議員は利己主義だと言うけど、個人が主人公。利己主義だろうがエゴイズムだろうが放っておいてくれ、ですよ。これが今の自民党の党内意識。居酒屋の会話のように党内でしゃべっていることでしょう」

 -70年前の8月9日、ソ連が満州に侵攻し、暮らしていた牡丹江から軍用列車でハルピンに脱出した。壮絶な体験をどう捉えているのか。

 「今、サンデー毎日に連載中の『夜の歌』という小説は、戦争体験が自分をどう作り上げてきたかを書いています。僕が書いた歌や小説に色濃く映っているわけですから」

 「えげつなさ、浅ましさ、裏切り、暴力、残虐性、卑怯(ひきょう)、戦争は人間の悪い面すべてを見せる。それを心の中の開かずの部屋に密閉して生きてきましたが、徹底的に思い出さないと、と自分に命じています」

 爆撃に襲われ、炎が迫る街から逃れようと、牡丹江駅は何万もの人であふれ返った。一家はツテを頼りに列車に乗ることができた。

 「列車に乗れない人たちは、ソ連軍の戦車の下敷きになったり、歩いてハルピンに向かったりした。そういう人たちを尻目に、自分たちは列車に乗った。乗せてくれと来る人たちの手を振り落とした。残酷なことを僕自身やっているんです」

 体験から得た真理をなかにし氏は説く。

 「戦争は人間の存在を根底から覆す、いろんな場面を人間に教える。だから戦争を知らないといけない。逆に、知らない人はいじっちゃいけない」

 「日本は、戦争を知らない政治家がトップにいる。戦争を知らないで、今、戦争を画策するような法律をいじっているわけで、本当に危険です。まして、憲法解釈、解釈改憲なんてのは最悪。作家の大岡昇平が言ったように『戦争を知らない人間は半分は子供である』(「野火」より)ですよ」

 -今年は作詩家生活50年。戦争体験を原点に、シャンソンの訳詩を始め、石原裕次郎氏に誘われ歌謡曲を手がけて一時代を築いた。

 「全盛期は昭和42、43、44、45年、この4年間が僕にとっては一番華やかだった時期じゃないですか。町を歩けば、どこへ行っても、自分の歌が流れていましたね」

 -数多く歌っている恋愛やエロスは、ご自身の戦争体験とどうつながるのか。

 「恋だの、愛だの、キスだの、そんなばかなことを書くことが平和。だから僕は、戦後、ばかなことを書きまくった。それが平和の象徴であり、自由の象徴であるわけです」

 具体的に曲名を挙げて説明した。

 「『恋の奴隷』は、公序良俗に反すると言われましたが、反しない芸術がこの世にあるとしたら恥ずかしい。世の中の価値を疑い、疑問を呈すのが芸術のあるべき姿。『時には娼婦のように』は放送禁止にならないとつまらない、と思ってたから、なって良かったと思いましたね」

 -最近は平和を訴える曲も。

 「去年、『平和の申し子たちへ』という詩集を出したら結構、反響があった。『どうしたの?硬派になって』と言われましたが、平和を訴えるのは、実は軟派な作業。裸でふるちんでいい。それを分かってもらうために作詩家もやり、作家もやり、エロも書き、笑いも書く」

 -今は窮屈な時代になったのでは。

 「芸能界も窒息寸前ですよ。みんな自由にものを書けない。僕たちは戦後の自由と平等、平和を謳歌(おうか)しながら作品を書いた。戦前に対する甘美な復讐という表現もできる。自由を謳歌した楽しい成果でもある」

 「今の人たちは謳歌する自由もない。日本は非常に暗くて何もない時期。言葉が政治家にぶっ壊されたというのはある。積極的平和主義だとか、憲法すら法的根拠はいらないと言われる時代。日本人の精神的価値は崩壊してしまった。もう一度、立て直さないと」

  -今後、何をなすべきと考えているのか。

 「1回目のがんの治療から生き返った時、最初に考えたのは、やり残したことがあるんじゃないかということでした」

 そう打ち明け、新たなアルバム制作を公表した。

 「作詩家がいて作曲家がいて歌がありますが、歌手の存在感は大きくて、結果、誰々が歌った歌になる。それで、歌手への敬意、ありがとうを伝えるために、アルバムを作ろうと考えています」

 -小説、アルバム制作と意欲は尽きない。

 「僕は歌を通して昭和と関わり合った。昭和という時代の関わり合いの深さに、自分で納得がいけば、存在価値を持てるんじゃないかな。その後は、命があるか分からないから。何とか死なないで、今年いっぱい。小説を書き上げる、来年の夏まで持たせようという感じですよ」

 (強い決意をにじませるように)

 「今、いる所が最終ベースキャンプ。ここで闘うしかない。元芸術家、元作家なんて言葉はない。引退はないわけですから、頑張りますよ」

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