照ノ富士が4場所ぶり3度目の優勝 本割で貴景勝下し12勝3敗

 貴景勝(右)を押し出しで破った照ノ富士(撮影・開出牧)
 激しい相撲で頭をぶつけながら貴景勝(左)を押し出す照ノ富士(撮影・西岡正)
 貴景勝(左)を破り、優勝を決めた照ノ富士(撮影・西岡正)
3枚

 「大相撲春場所・千秋楽」(28日、両国国技館)

 優勝を争う3敗の関脇照ノ富士(伊勢ケ浜)と4敗の大関貴景勝(常盤山)が対戦。照ノ富士が押し出しで下し4場所ぶり3度目の優勝を飾った。

 立ち合いで相手の右腕をたぐりにいったが、取り切れず、受け身になった。土俵際まで押し込まれた。だが貴景勝が引いたところをついて逆襲。一気に押し出した。

 爆弾を抱える両膝で踏ん張り続けた。10日目時点でトップの小結高安(田子ノ浦)に2差を付けられていたが、逆転優勝を果たした。10日目2差からの逆転Vは1場所15日制となった1949年以降、10例目だった。

 照ノ富士は15年夏場所で12勝3敗で初優勝。場所後に平成生まれ初となる大関昇進。関脇2場所で通過した。15年秋場所では12勝3敗での優勝決定戦は横綱鶴竜に敗れた。場所後、「右膝の前十字靱帯損傷、外側半月板損傷」と診断を受けた。

 17年秋場所では2場所連続負け越しで14場所務めた大関を陥落。18年春場所で十両に降下。同年夏場所では十両8枚目で0勝9敗6休。翌場所から4場所連続全休し19年春場所で西序二段48枚目で復帰した。そこからV字回復を経て大関復帰を決定的にしている。

 照ノ富士の初優勝は関脇時の15年夏場所で2度目優勝の7月場所は平幕。今回は関脇。昭和以降、関脇以下で3度の優勝は史上初となった。

  ◇  ◇

 照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル出身。09年3月に来日して鳥取城北高に相撲留学。11年1月に元横綱2代目若乃花の間垣部屋に入門し、若三勝のしこ名で5月の技量審査場所で初土俵を踏んだ。13年3月限りで間垣部屋が閉鎖されたため伊勢ケ浜部屋に移籍、同年9月の新十両昇進時に照ノ富士に改名。14年春場所で新入幕。15年春場所で新三役となる関脇昇進。同夏場所で初優勝し、場所後に大関昇進。大関を14場所務めたが17年九州場所で関脇に陥落した。得意は右四つ、寄り。192センチ、177キロ。

関連ニュース

編集者のオススメ記事

スポーツ最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(スポーツ)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス