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BMX・長迫吉拓のルーツに迫る 園児の頃から爆走、小4で実家バラ園にコース自作

 走行中に激しく接触し、転倒も多いことから「自転車の格闘技」とも表されるBMXレースで、日本のトップを走り続けるのが岡山県笠岡市出身の長迫吉拓(26)だ。スイスの国際自転車競技連合(UCI)に拠点を置き世界を転戦し、4年前のリオ五輪に出場。延期された東京五輪でも、日本選手で唯一選考基準を満たし、2大会連続出場を確実にしていた男のルーツに迫った。

 水島灘にほど近い岡山県・笠岡干拓地に、吉拓の実家「長迫バラ園」はある。レースで着用するヘルメットにも大きなバラがデザインされ、父・有二さん(64)は「ありがたいよね」と“宣伝”してくれる息子に目を細める。

 バラ園と道路を挟んだ目の前にある「かさおか太陽の広場 BMXコース」が吉拓の原点だ。子供から大人、初心者からプロまで、幅広く利用され、全日本クラスの大会も開催されるコースまで徒歩数十秒。幼少期からBMXとは密接な関係にあった。

 吉拓が4歳のとき、鉄鋼会社の技術者だった有二さんが脱サラし、バラ園を開園。その頃からすでに自転車の補助輪を外しており、保育園から戻るとコースへ直行し、大人に交じり走り回っていた。

 しかし普通の自転車ではBMXコースには耐えられず、ある日とうとうペダルがぽっきり。知り合いのつてをたどり、専用自転車を入手した。「大人用だったけど、無理やり乗りこなしていましたよ」。小学4年生頃には、バラ園敷地内に吉拓がコースを自作した。自ら重機を動かし、自分のしたい練習を詰め込んだコース。どんどんとBMXにのめり込んでいった。

 「親ばかですよ」と有二さんは笑うが、アスリートとしての才能が垣間見えたエピソードがある。生後7カ月、まだ伝い歩きもできていなかったころだ。有二さんが帰宅すると、ベビーベッドにいるはずの吉拓が床をはい回っていた。ベッドに戻してしばらくするとまた床に。妻も出していないという。

 首をかしげながら晩酌をしていると、柵を持って立ち上がった吉拓が、柵をまたぎ、ゆっくりとつたって、床に降り立った。「降りたら私の顔を見てへへへっって自慢げに笑うんです。こいつは何かとんでもないものをもってるんじゃないかと思いました」。「親ばか」の期待に応え、息子は世界で戦うアスリートになった。

 「吉拓」の名前には「私は干『拓』地から『吉』をつかみたい。息子には自分で人生を切り『拓』いて欲しい」という有二さんの思いが込められている。出場を確実にしていた東京五輪は延期。UCIは6月1日までの公認大会中止を発表している。先の見えない状況は続くが、自らの手で明るい未来を切り「拓」く。

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