韓国球界と兵役免除 宣銅烈監督が“疑惑”で辞任した背景

 野球の韓国代表・宣銅烈(ソン・ドンヨル)監督が14日に辞任した。突然の出来事だったが、個人的には「やっぱり」という思いがよぎった。

 韓国代表監督としては切り札ともいえる宣銅烈が、なぜこのタイミングで辞任を表明したのか。発端は9月にジャカルタで開催されたアジア大会にある。韓国は金メダルを獲得したが、その選手選考に“疑惑”が持たれていたためだ。

 韓国では原則的に、満28歳までに20カ月の兵役に就くことが義務づけられている。それが五輪なら銅メダル以上、アジア大会では金メダルを獲得した者やチームは、兵役免除され約4週間の軍事訓練と奉仕活動だけで済む。これは政府から「大韓民国を広く世界に知らしめた功績」とみなされているためだ。それが選手のモチベーションにもなっているが、今回、代表選手の中に“兵役逃れ”を続けていると指摘される選手が2名含まれていた。韓国の球界関係者に言わせると「それらの選手は昨年、軍隊に入隊するタイミングだったがそれを拒絶して、アジア大会への参加を求めていた」という。

 ここからは少々、説明が必要になる。

 韓国ではプロ野球選手が軍に入隊する場合でも、『尚武(サンム)』と『警察』という2チームに2年間所属し、兵務と並行してプレーが続けられる場合がある。この2チームはプロの2軍に編入しており、選手にとって兵役中の衰えやブランクを最小限にとどめる役割を果たす存在といえる(ちなみに選手の給料やチーム維持費の大半は、プロ球団からの拠出だ)。ただしこの2チームには、希望する選手すべてが入団できるわけではない。選手としての実績等が考慮され、選抜される。そして今回、2名のうちの1人は昨年『警察』の方に加わることになっていたが、腕に入れ墨をしていたため入団が取り消しになったという。

 「警察チームには、入れ墨のある選手は入団が認められないという規定があるんです。ただこの選手はそれまで入れ墨を彫っていなかった。つまり“入団取り消しをもくろんで、わざと入れ墨を入れた”と球界内でまことしやかに言われるようになり、それがファンやマスコミにも伝わり、非難され始めていたんです」(同)

 そしてその選手が、アジア大会のエントリーに名を連ねた。韓国は以前からアジア大会でもオールプロで臨む。他国がアマ主体でも、手を緩めず金メダルを獲得する。言い換えれば選手にとって、アジア大会に参加することは兵役免除を受けたも同然なのだ。

 「この選手はショートですが、昨季の成績は92試合の出場で打率・272、37打点、8本塁打。これなら他チームにも適任者はいるはずなのに、なぜ入っているのか?と大会前からファンの間で騒動になっていたんです」(同)

 本番でも目立った出場はなく、ほぼ控えで大会は終了。韓国は金メダル獲得で、この選手を含む兵役未了の9選手が規定通り恩恵を受けることになった。世論の反発はメダル獲得でも鎮火せず、むしろ炎上した。到着した空港では、祝賀会見もなく、メダル披露もなかった。

 かつての韓国の国民気質からすれば、これはこれで異常なことだ。表現は悪いが、昔はメダルさえ取れるなら、どんな手段でも支持するといった傾向すらあった。

 また球界としても、アジア大会に向けた選手選考での兵役未了選手の扱いは、古くから、いわば慣習ですらあった。各球団ともそうした選手を毎年、数名は抱えている。主力級ほどアジア大会に参加させて兵役免除をもらいたいというのは、選手ならずとも球団のホンネだ。必然的に組織や監督への水面下での“請願”もないはずがなかった。ファン(国民)も、そうした球界の実情は黙認してきていたはずだ。

 その点では「メダルを獲得しても、それにふさわしい選手を選んでいなければ納得できない」というのは、見方を変えれば大人になったともいえる。とはいえ彼の地での今回の騒ぎぶりは、異常だった。

 韓国の知人記者はこう表現していた。「野球選手という世間的には特別な存在が、意図的に兵役を免れようとする。そのことに対する不公平感、不満は常にあったものです。ただ今回は、選手も代表とは言いがたいレベルで、なおかつ入れ墨をして警察チーム入りを取り消すなど、あからさまで悪質と受け止められ、一気に爆発したということだと思います」

 称賛と罵倒。どちらにせよ極端に振れるのも韓国の特徴だ。世論は政治であれスポーツであれ、火がつくと一気に加熱する。今回も大会後の抗議はとどまらず、むしろ球界内だけでなく国政にも波及した。その“首謀者”として、選手本人より、選考権限を持っていた宣銅烈が標的になった。

 宣銅烈は記者会見を開き、選考過程を説明し、同時に混乱を招いたことの謝罪もしたが、事態は悪化するばかり。ある団体は「宣銅烈監督が請託、ワイロを受けているのではないか?」と行政(国民権益委員会)に訴えた。さらには10月10日、宣銅烈はなんと国会に招致され事情説明をする異例の事態となった。宣銅烈は選考における特定の配慮も金銭の授受も否定したが、詰問する議員の姿勢は、関係者に言わせれば「国民受けを狙ったパフォーマンスに見えた」という。

 こうした混乱の末、宣銅烈は韓国シリーズの閉幕を待って辞任を明らかにした。同氏に極めて近い側近者によれば「事態収拾というより、コミッショナーに対しての不満、不信が辞任を後押しした」という。

 宣銅烈が国会に呼ばれた2週間後、KBO(韓国野球委員会)の鄭雲燦(チョン・ウンチャン)コミッショナーも国政監査に呼ばれた。その席上、「個人的な意見だが」と前置きこそしたが、「宣銅烈監督の不覚だったと思う」と、問題の根源が宣銅烈個人にあるかのごとき発言をした。さらには「代表監督の専任制には反対だ」とも。これでは監督の立場はない(現コミッショナーは宣銅烈が専任監督として就任後に同職に就いている)。

 辞任会見で、宣銅烈はこう述べた。

 「アジア大会で3連覇にもかかわらず、奮闘した選手たちの自尊心を守ってくれず、全くひどい気持ちになった。その選手を保護し、金メダルの名誉を取り戻す適切な時点で辞退することにした」

 文字通り、抗議と自尊心を守るための辞任。マスコミを前に宣銅烈はメモを読み上げ、およそ1分半で席を去った。

 宣銅烈氏は2017年7月に東京五輪までの野球チーム代表監督として、韓国球界初の専任監督に就任。同年11月のアジアプロ野球チャンピオンシップで初めて国際大会の指揮を執り、日本に次ぐ準優勝を遂げた。その一連の職務としてアジア大会、19年11月のプレミア12と指揮を執ることになっていた。しかしそれもついえた。

 報道によれば、現コミッショナーの意向に従い、今後は専任監督は置かず、大会ごとに代表監督を決める従来の方法を採るという。

 だが前出の関係者は言う。

「こうしたいきさつで、今後、代表監督を引き受けようという人がいるかどうか」

 兵役未了の選手の扱いとその是非については、海のこちら側の者がとやかく言うものでもないだろう。しかし、いずれにせよ韓国野球界は、国際大会における“最後の切り札たる監督”を自分たちの手で切り捨てた。国際大会への求心力も、一気に落ちていく。

 それだけは間違いない。=敬称略=(スポーツライター・木村公一)

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