評論家3人が下半期・ベスト邦画を勝手に選定(後編)

邦画の大ヒットに湧いた2016年・下半期。そんななか、数々の映画メディアで活躍し、ウェブサイト・Lmaga.jpの映画ブレーンである評論家 ── 春岡勇二、ミルクマン斉藤、田辺ユウキの3人が大阪市内某所に再び集結。お題はもちろん、「ホントにおもしろかった映画はどれ?」。下半期に公開されたベスト邦画について、語ってもらった。

シリーズものの大傑作、『闇金ウシジマくん』

──ほか、気になった作品などありませんか?

田辺「僕はやっぱり、映画『闇金ウシジマくん』シリーズ(Part3は9月、ファイナルは10月公開)。原作モノであっても、自分たちが映画としてできることをちゃんと突き詰めてる。それでいて、ちゃんとシリーズものとして完結できてるところが素晴らしかった」

斉藤「山口雅俊監督ね。テレビ・シリーズとも連動させて、でも、映画では2時間でまとまったものを見せる手腕はなかなか。とりわけPart2とファイナルはずば抜けてる」

田辺「1作1作、飛び抜けてるわけじゃないんやけど、ちゃんと安定した面白さがあってドラマもずっと面白かったし、映画もずっと面白い。それでいて、すべてがファイナルに向けての前フリにもなっていて、シリーズものとしては今までにないくらいの完成度だった。あと、やっぱりウシジマ役の山田孝之って、天才なんだと思いましたね。自分でストーリーを進めることができる役者なんですよ」

春岡「山田孝之を活かすには、山田孝之に合うスケールの作品を用意しなきゃダメだよね。作品の方に山田孝之を使い切るほどのスケールがないことが多い」

──原作、監督、スタッフ、キャスト、すべてが上手く回ってましたね。

斉藤「こういう連作ものとしては、驚くべきことにグレードが全然落ちなくて。しかも、その時の旬の役者がどんどん出てきて、また最高のパフォーマンスを見せるってことでは見本市的だったよね」

──柳楽優弥、菅田将暉、林遣都、窪田正孝、門脇麦、大島優子、そして、 高橋メアリージュン。

田辺「大島優子が役者としてすごく良いと思ったのは、やっぱり映画『闇金ウシジマくん』のPart1だったし、キャスティングでちゃんと役者を見抜いている。Part3、ファイナルに出ていた最上もが(でんぱ組.inc)もそうで、お金の問題にアイドルもってくるという一番タブーなところを堂々とやって。しかも、みなさんお金を大事にしてくださいよって言わせるという(笑)」

斉藤「そうそう、あの教育的なセリフ(笑)。もがちゃんは、ドラマ『重版出来』もよかったよね。滝藤賢一演じる漫画家の愛人役。あと、凶悪な鰐戸三兄弟・長男役だった安藤政信も良かった。作品によってムラがあるけど」

田辺「そう。その鰐戸三兄弟を善意の力でややこしくしていく、ウシジマくんの幼なじみ役・永山絢斗も良くて。しかも最後は永山がお金の力に負けちゃうんですよ。で、1年で廃人になる時給5万円の仕事に駆り出されていくというね」

──自らの信念を突き通す永山絢斗だけが幸せという、独善的な悪を描いてましたね。

田辺「ウシジマくんら旧友は、その永山絢斗の善意を知ってるから、その苦しさを感じさせられる。それは観ている人もそうだろうし」

斉藤「そういう悪が世のなかにはあるってことなんだよ。だからあいつがすごく怖いんだ。それを永山絢斗が、あの顔とあの演技でやるからさ。朝ドラの『べっぴんさん』でもそんな不気味さを感じさせるところが彼にはある」

春岡「だから、ウシジマくんの対極にあるアンチテーゼとして永山の存在をもってきて、それでウシジマにてめえの信念貫けるか、哲学貫けるかっていう問いかけだよね」

田辺「しかも、すごいのは全部原作に忠実なんですよ。何十巻とある原作のエピソードをコラージュしてるんですよね。それでいて、各映画ではそれぞれメッセージを統一させるっていう」

斉藤「脚本も監督が書いてるしね。絵にはそんなに特異性はないねんけども、引き算を基本にした格調はあるよね。テレビは安いのがミエミエだけど(笑)、映画になるとなんだか品みたいなものさえ感じさせる」

誰もが泣いた片渕監督『この世界の片隅に』

斉藤「あれは?片渕須直監督の『この世界の片隅に』(11月公開)は?」

田辺「あぁ、僕としてはホントはベスト1に推したいんですけど、ちょっと気恥ずかしいっていうのもあって(苦笑)」

斉藤「分かる。あれはベスト1でいいぐらい。当たり前過ぎて、ベスト1に推すのが恥ずかしいくらい。いっそのこと別格にしてもいい」

春岡「そう。立派なんだよな、映画が。でも、俺たちが推すには真っ当すぎるというか」

斉藤「『俺たちが』って(笑)。でも、真剣に心動かすもんがあるからね。オールタイム・ベスト格かも」

田辺「僕、エンディングでコトリンゴの歌を聴いたとき、普通に泣きそうになりました」

春岡「俺、エンディングのちょっと前の、大事なものをなくしちゃって、あの大地で泣いちゃうすずさん見たとき、正直ちょっと泣いちゃった。あれは久しぶりに泣いた」

斉藤「突然シネカリグラフィー(アニメーション表現手法のひとつ)になるでしょ。あの演出には度肝抜かれた。そこで、そんなふうにアニメーションの映像的威力を発揮するのか、と。街並みの偏執的なまでの再現性はもちろんだけど」

春岡「舞台が第2次世界大戦下の広島じゃん。NHKの特集番組でやってたんだけど、プレス資料にも書いてあった通り、あの広島で生き残った人たちが『映画を支援する会』を結成して、協力してるんだよね。ここに座ってたんですか?みたいなことを言いながら片渕さんが書いてんだよな。あれは『君の名は。』のディテールとは全くちがう」

田辺「この前、片淵監督と原作者によるトークショーに行ったんです。そのときに話していたのが、例えば登場人物が何着の服を持っているかとか、そういうのを8カ月くらいかけて調べ上げたと」

斉藤「黒澤明か!っていうね。誰かがツイッターで書いてたけど、どっかの劇場でおばあさんが観ててんて。鑑賞後、隣に座ってた全然見ず知らずの人にさ、『私、終戦時は呉にいたんだけど、本当にあのままでした!』と熱っぽく語ってたんだと」

春岡「おばあさんの記憶が本当かは分からないけど、それでも、あの映画を観てそう思わせたってだけで勝ったも同然じゃん」

斉藤「演出が素晴らしいんだよね。リニア(直進的)に進む時間の引き延ばしかた圧縮の仕方がめちゃくちゃうまい! あと、主人公・すずさんの声を担ったのん(能年玲奈)は、主演女優賞でもいいんちゃうんかと思う。映画が始まって、瞬時に『こりゃズルいわ』って思った(笑)」

田辺「突然、怪物のようなことをしますよね(笑)。『あまちゃん』のときのような」

春岡「彼女はちょっと侮れないところがある。今回はもう参りましたって感じ。キャラクターと同一化してしまうものがあるんだろうね。監督とキャスティングの問題もあるよ、彼女の場合は。合う使い方をすれば、ものスゴく合うという」

──映画も着実に広がってきてますよね。この年末年始は全国180館で公開されるという。

春岡「あの片渕さんの地味な映画であり得ないことだよ、ほんとに。前作『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)も同じような広がり方をしたけど、最初は劇場じゃなくて公民館とかで上映されてたからね。それが評判が高まって、一般劇場でも公開されたわけだけど、今回の『この世界の片隅で』はクオリティがすごいもん」

田辺「ホント。誰が観ても、トップ5には間違いなく入ってくると思いますね」

(Lmaga.jp)

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