ポル・ポト政権下の悲劇を描く作品公開

 大量殺人の加害者にカメラを向けた映画『アクト・オブ・キリング』(ジョシュア・オッペンハイマー監督)の大ヒットで、カメラの前で語ることで、記憶が呼び起こされ、かつ深層心理が露わになる過程が心理学の見地からも注目を集めている。

 同様の手法で、カンボジアのポル・ポト政権下の悲劇を記録したドキュメンタリー映画『おばあちゃんが伝えたかったこと カンボジア・トゥノル・ロ村の物語』が8月2日から東京・渋谷ユーロスペースを皮切りに全国順次公開される。

 来日したエラ・プリーセ監督が製作の軌跡を語った。

 プリーセ監督はイタリア出身。以前から映像を活用した移民研究や民族史の記録を行っていた。カンボジアには縁もゆかりもなく、たまたま当時交際していた彼氏と共に旅行で訪れたそうだが、それが独裁者ポル・ポトの死去から2年経った2000年。すでに街は平穏を取り戻し、路上では様々な゛遊び゛に興じていた子どもたちで溢れていたという。しかし彼らに過去のことを尋ねると「数年前は遊べなかった」という答えが返ってきた。そこではじめて、彼らが直面していた抑圧や死への恐怖を感じ、改めてきちんとカメラを向けて記録することを企画したという。

 「私の母はシチリア出身で、昔は霊媒師のような仕事をしていたようです。なので幼少時代から死者が精霊となってこの世に存在していることを聞いて育ってきたので、カンボジアに来ると同様の存在を感じることがありました。(博愛主義の)カトリック教徒ということもありますが、そうした大きな存在に導かれてカンボジアにたどり着いたのではないかと考えることはありますね」

 プリーセ監督が再びカンボジアに赴いたのは08年。心理学者やソーシャル・ワーカーと協力し、ポル・ポト政権を生き延びた人たちに体験談を語ってもらうだけでなく、映画製作に共に参加してもらおうという試みだ。

 それが、キリング・フィールド近くに位置するトゥノ・ル・ロ村の村民にカメラを渡し、村人同志でインタビューするというワークショップ。初めはカメラに照れていた村民だったが、異変が起こった。小学生の男の子が老人にマイクを向け「おばあちゃん、何があったの?」と質問を投げかけたり、夫がクメール・ルージュのメンバーに強制連行された場面を再現する婦人も現れた。再現ドラマは決してうまいとは言えないが、次第に感情を高ぶらせ、涙ながらの熱演は既存の役者にはない訴求力がある。

 「心理学的アプローチをとったこの手法が、村民に感情的になる瞬間を与えてしまうだろう予測はありましたし、自己治癒の1つのプロセスになることにも着目していました。だが実際はそれ以上。彼らは率先して『撮影だ』とカメラを持ち、クメール・ルージュの兵士役の衣装を準備したり、兵隊役の若い男性に『こうやって俺を蹴るんだ』と演技指導まで始めました。撮影後、彼らはすべてを解放したかのようにリラックスした空気が流れたので、私たちもホッとしました。ただし、やりすぎてしまったかなと思う場面もあったし、中には撮影後心が傷ついた人もいるかもしれません。なので必ずしもこの手法が、正しいことかどうかは一言では答えられないですね」

 プリーセ監督のような苦悶を、東日本大震災の関連ドキュメンタリーを撮っている映像作家からも聞く。未曾有の大惨事を記録することは重要だ。だが被災者にカメラを向ける行為は、傷口を再び開くどころか、そこに塩をすりこんでしまうような場合もある。皆、自問自答しながら撮影を続けているようだ。カンボジアの場合はポル・ポト政権崩壊から今年で35年目を迎えて体験者が亡くなっていく中、「後世に伝えたい」と思いが参加者にあったかもしれない。しかし東日本大震災からはまだ3年。被災者の記憶はまだ生々しい。

 「カメラの前で語るには、時間の必然性は重要だと思います。でも、今がその時だという時間は、誰かが決められるものでもないと思います」

 今回の体験を踏まえ、プリーセ監督は今度は、自分自身の心にカメラを向けることを考えているという。実は本作のカメラマンでもあった夫が、本作のカンボジア上映の1週間後に事故死するという悲劇が起こった。

 「非常にツライ事故でした。夜に、橋から落ちたんですね。そこには何かの精霊がいて、彼の背中を押したのではないかと考えてしまいます。夫の死後3年間は何もできない状態で、もう映画なんて作らないとすら思ったんです。でもこの完成した映画を持って、世界中で上映を続けることで違う境地に到達しました。今こそ、自分のトラウマに向き合うべきなのではないかと」

 身を持って研究を続けるというプリーセ監督。どんな次回作を見せてくれるのだろうか。

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