文字サイズ

島にたたずむ無人の教会 長崎・野崎島「旧野首教会」

 れんが造りの旧野首教会
 丘の上にたたずむ「旧野首教会」
 旧野首教会の内部
3枚3枚

 長崎県の五島列島の北端に浮かぶ野崎島を訪ねた。同島の集落跡はユネスコが定める世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のひとつ。丘に立つ旧野首教会は1908(明治41)年に建てられた。その後、信徒が島を出て現役の教会としての役目を終えた。建築費は当時のお金で2900円。現在の価値で2、3億円という。集落に住むキリシタンが生活を切り詰めて出し合った。やっと完成した教会を見捨てなければならなかった信者の無念をよそに、教会は静かにたたずんでいる。

 ◇   ◇

 小値賀(おぢか)港から町営船に乗って野崎港に着いた。起伏に富んだ道を丘へと歩く。約40分で着いた。

 標高は約90メートル。道案内をしてくれた「おぢかアイランドツーリズム」の前田敏幸さんが旧野首教会の扉と窓を開けてくれた。「旧」と付くのは現在は教会として使われていないからだ。丘を駆ける風が通って汗が引いていく。ステンドグラスを通した光が教会の床を彩る。遠くで鳥がさえずっている。ここまでのきつかった行程を思い返してむくわれる。

 野崎島は南北約6・5キロ、東西約2キロ。現在はほぼ無人島となったものの、最盛期だった1961(昭和36)年には計113世帯、647人が暮らしていた。元々は神道の聖地で、19世紀以降、潜伏キリシタンが移住。神道の氏子であることを装いながらキリシタンとしての信仰を守ったという。かつては3つの集落があり、野首集落、舟森集落が潜伏キリシタンの集落。野崎集落が神道系だった。

 1873(明治6)年、明治政府が「禁教の高札撤廃」をし、江戸時代初期より続いていたキリスト教禁教政策が終わった。野首教会は1908(明治41)年の建立。17戸の信者がキビナゴ漁などで資金を蓄え、名建築家の鉄川与助に依頼し、れんが造りの教会が完成した。

 しかし、島には特筆するほどの産業はなく、九州本土などに出稼ぎに行った島民が出稼ぎ先に居着くなどして人口は徐々に減少。70年代には野首集落に住む人はいなくなった。信徒がいなくなった教会は荒れていき、1988(昭和63)年に保存運動が起こって改修工事が行われて県の有形文化財に指定された。

 長崎巡礼センターの入口仁志さんは「教会は小共同体。生活を切り詰めて小金をため、ようやく出来上がった自分たちの共同体を見捨てなければならなかった信徒たちの悔しさに思いをはせてほしい」と旧野首教会は美しいだけでなく、悲しい歴史を抱えていることを訴えた。

 ★アクセス 野崎島へは九州本土(博多港・佐世保港など)または五島列島(福江島・中通島)から小値賀島に入り、小値賀島と野崎島を結ぶ町営船「はまゆう」で渡る。

 博多発のフェリーは野母商船(フェリー太古)。午後11時45分に出航し、小値賀港午前4時45分着。帰路は小値賀午後1時10分発、博多午後5時50分着。片道3920円。博多港予約センターのTEL092・291・0510。

 小値賀島~野崎島は1日2便(増便日程もあり)。問い合わせは小値賀町役場(産業振興課)TEL0959・56・3111。大人片道500円。

関連ニュース

    デイリーペディア

    旅最新ニュース

    もっとみる