文字サイズ

京に生きる「西郷どん」の息吹 大河効果で高まる関心

 東福寺即宗院の鳥居奥にたたずむ東征戦亡の碑
 碑文が今も残る
 妙覚寺の大涅槃図
3枚3枚

 NHK大河ドラマ「西郷どん」効果で、幕末・明治維新への関心が高まっている。都だった京都には史跡が多く点在。定期観光バスで巡る「京の冬の旅」では、この時代にゆかりの寺院など15カ所において、通常非公開の文化財を3月18日まで特別公開している。幕末・維新と特別なゆかりはないものの、初の一般公開となる貴重な歴史資料もあるということで冬の京都に行ってみた。

 ◇   ◇

 東福寺即宗院(東山区)にあるのは「東征戦亡(とうせいせんぼう)の碑」。西郷隆盛に関連した史跡だ。

 西郷と清水寺の僧月照は王政復古を志し、新選組や幕府の追っ手を逃れて即宗院において幕府転覆の策をめぐらした。西郷はその後、鳥羽伏見の戦い(1868年)に勝利。戦死した524人を弔うため西郷は即宗院で斎戒沐浴(もくよく)して碑文を書き、碑を建立した。鳥羽伏見の戦いでは薩摩軍が寺の裏山山頂に砲列を敷き、洛中に砲撃を加えたという。

 また、篤姫が近衛家の養女となって徳川家に嫁ぐ際、即宗院に立ち寄ったとも言い伝えられている。

 同じく東福寺にある「経蔵(きょうぞう)」は初の一般公開。寛政5(1793)年に再建され、聖一国師が中国・宋から持ち帰ったものを含め約1000点もの経典を収めた八角形の蔵だ。ぐるっと回転させることができ、回すことによってあるゆる仏典を読んだことと同じ功徳が得られるという。しかし、この10年は動かしていないそうで、その理由は「軸が折れそうだから」という。

 妙覚寺(上京区)の大涅槃図(ねはんず)は狩野元信の作と伝えられる。幅約4・6メートル、縦約5・9メートル。また、美濃の戦国武将斎藤道三の遺言状も特別展示されている。

 妙覚寺は織田信長とゆかりがある。言い伝えによると信長は京都に27回泊まり、うち3回、本能寺に宿泊した。妙覚寺には18回泊まり、定宿としていたとされる。なぜ妙覚寺だったのか。

 信長は浄土真宗や比叡山を中心とする天台宗と対立していた。しかし、妙覚寺は日蓮宗寺院であるために定宿にしていたのではとの説がある。明智光秀が信長を襲撃するタイミングが違っていれば、「本能寺の変」ではなく「妙覚寺の変」として歴史は変わっていたかもしれない。

 ◆「京の幕末・維新の歴史をたずねて」コース 東福寺即宗院は京都定期観光バス特別コースの「京の幕末・維新の歴史をたずねて」コースに含まれる。このコースではほかに清水寺成就院、宝鏡寺、常林寺も訪れる。昼食は「日月庵」で。3月18日までの毎日開催。集合場所はJR京都駅烏丸口付近、午前10時20分発。所要時間は約5時間30分から6時間30分。料金は大人9200円、小児6120円。予約、問い合わせは京都定期観光バス予約センターTEL075・672・2100(午前7時40分~午後8時まで)。ほかにも多彩なコースがある。

関連ニュース

    デイリーペディア

    旅最新ニュース

    もっとみる