2死無走者からの叫び

 【9月28日】

 葛城育郎とともにゲームを見た。バックネット裏のど真ん中。満員スタンドの大歓声に育郎のため息はかき消された。「野球って難しいですね…」。その横顔には落胆の色が滲んでいた。

 来春のセンバツへ繋がる秋季高校野球兵庫大会を観に行ってきた。甲子園から西へ約80キロ離れた姫路ウインク球場である。報徳学園対東洋大姫路。準々決勝の黄金カードで屈した報徳が春の甲子園切符を事実上、失った。

 「うちは11安打で2点。相手は4安打で5点。典型的な…」

 21年から報徳でコーチを担う育郎の歯がゆさは痛いほど伝わる。なぜって今年の報徳は春夏秋、東洋大姫路に一度も勝てなかったのだから。夏を終え新チームの下馬評は報徳が上。それだけに言葉を失うのも無理はない。

 確かに打力は報徳が上だった。しかし、野球はヒットの数を争うゲームではもちろんない。ターニングポイントは「2死無走者」から四球絡みで一気に3点を失った三回だった。あれでチームがガクッときたように思う。

 ちなみに、今季のNPBのデータで条件別の得点確率を見れば「2死無走者」の状況が最も低い。当然といえば当然だけど、2死無走者からの失点をなくすこと、逆に、2死無走者から得点すれば勝機は巡るのだ。

 さて、寂しい一報が飛び込んできた甲子園の記者席でこれを書いている。本紙の取材で原口文仁の現役引退が明らかになった。そんな日にルーキーの投手戦が光ったわけだが、このゲームを振り返れば、初回に先制を許した阪神が振り出しに戻したのは五回…「2死無走者」からだったことを記しておく。森下翔太が金丸夢斗の速球を右へ運び、続く佐藤輝明も速球を…この描写は虎番に任せるとして、そんな勝負の綾を思えば、前夜パ・リーグ優勝を決めたソフトバンクの将・小久保裕紀の言葉が印象的だった。

 「5月の頭。2アウトランナーなしから川瀬晃のタイムリーでサヨナラ勝ちした…いま振り返ると、あの試合が本当にポイントだったと思います」

 5月2日のロッテ戦。2点を追う九回「2死無走者」からひっくり返したゲームをリーグ制覇へのターニングポイントに挙げていた。

 名門の指導者として甲子園を目指す葛城は、ご存じ阪神のOBであり、現在は西宮で地鶏居酒屋「酒美鶏葛城」を営むオーナーだ。

 「風さん、この店、12周年なんですよ。僕のプロ野球の現役年数を超えてしまいました」

 先日お店にお邪魔した際にそんな話をしてくれた。あれからもう干支が一回りか…。お立ち台の雄たけび「ウォォォ~」を店名「酒美(さけび)」にしてセカンドキャリアを成功させた彼だけど、引退後の苦労をよく知っている。神戸、大阪で併せて2年間の下積み。修行時代に夜中2人で飲んだビールの味は忘れない。料理も鶏も経営も何の実績も無い、いわば、2死無走者から這い上がって今がある。窮地から這い上がった男へのエールはまたゆっくりと…。=敬称略=

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