祝。心臓を守った男 

 優勝の瞬間、ベンチから駆け出す湯浅(撮影・飯室逸平)
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 【9月7日】

 誰に一番おめでとうを伝えたいか。一昨年の優勝は大山悠輔に…。胴上げの輪の中でひとり涙する姿を見て決めた。苦悩の顔を何度か見ていたから。それが伝わってきたから。今年は…。

 甲子園のマンモスを照らす月夜に藤川球児が舞う。悦喜の輪で背番号65は何を思い、仲間と抱き合ったのか。

 「手術して良かった…。色んな人に支えてもらって…」

 優勝セレモニーを終えると、この夜の勝利投手はそう言った。彼の苦しむ姿をほんのわずかだけど知る。記者席から眺めると、それが伝わってきたからこの場を借りて書こうと思う。

 おめでとう、湯浅京己。

 「このカラダで投げられている。昨年を思えば考えられない。ここにいるだけで嬉しい。2年前とは全然違う」

 脇腹痛、右脚の麻痺…様々訴え、昨夏、国指定難病「胸椎黄色靱帯(じんたい)骨化症」の手術を受けた。

 福島の病院、その手術台から病室に戻るエレベータの中で医師から起こされると、瞼に蛍光灯の光がにじんだ。そして、眼前にぼんやりと…心配そうにこちらを見つめる母の顔があった。

 「喉、渇いた。お腹、空いた…」

 全身麻酔から覚めると、開口一番、そうつぶやいた。経口補水液「OS-1」と「inゼリー」を一気飲みすると、「ゆっくり飲んで」と叱られた。すぐに起き上がろうとすれば医師から「こんな元気な人、初めて見た…」。

 手術は2~3時間の予定が5時間に及んだ。聖光学院時代から知る執刀医の念入りなオペが奏功し、湯浅は「生まれ変わった」。病室のベッドで寝転がったまま「右脚をあげてみて」と諭され、言われるがまま…。「あの瞬間の感覚は一生忘れないと思います。足ってこんなに軽かったんだって…」。手術中に測定した右足の筋力は「左の半分以下」。そこから長く地道な復活ロードが始まった。

 V監督の藤川球児は「ブルペン陣はチームの心臓」と語ってきた。ブルペンが心臓なら、大動脈は岩崎優や石井大智、及川雅貴…だろうか。全身へ血液を環す要が健やかであれば虎が百獣の王になれる。それこそが球児が心血を注いだチーム作りの肝だと思う。

 そんな中、動脈として期待される逸腕が湯浅だったことは間違いない。が、予期せぬ患いはつきもの。それも一瞬目の前が真っ暗になりそうな…。それでも、本人の不断の努力と指揮官の寄り添う心がシンクロした結果、難病あがりの右腕がシーズン序盤の進撃を支えた。それはVイヤーの記憶にとどめなければならない。昨季は1軍登板がなく、8月に手術を受けた。カムバックを目指した今季は「絶対忘れられない」という4月29日の復帰登板から17試合連続無失点。僕は当欄で前半戦のMVPは湯浅だと書いた。

 石井が頭部へ打球を受けた梅雨どきの夜に緊急登板し、無失点。連続試合無失点の日本記録を成した石井は「湯浅が記録を続けてくれた」と言った。この夜は才木浩人の危険球退場で緊急登板。0でベンチへ。「心臓」を守った男に…おめでとう。=敬称略=

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