かすり傷で済まない

 【7月26日】

 上野由岐子の声色があきらかに変わったように見えた。TVのインタビュアーから2つ目の質問が飛んだときだ。勝敗がメダルの色に結びつかない戦いとはいえ、宿敵に敗れて心地よいはずはない。

 途中で藤田投手と話しこむ場面もありましたが、言える範囲でどんな話をされたんですか?

 「あぁ……。そのとき思ったことを言いました」

 北京の決勝戦の前と通じるような雰囲気ってあるのでしょうか? 「まったく雰囲気の違うチームなので、それはそれで、比べるところではないと思います」 

 マスクで隠れていたけれど、口先はきっととんがっていた。僕がこんなふうに書けば、リアルタイムで映像を見ていない読者には、上野のコメントが「感じが悪い」ように思えるかもしれない。 

 ソフトボール日本代表はグループリーグ最終戦でアメリカと対戦し、サヨナラ負けを喫した。先発した藤田倭(ふじた・やまと)が好投しながら、7回に本塁打を浴びて敗れた。いよいよ、きょうの決勝戦で金メダルをかけて再びアメリカと対戦する。この日出番のなかったエースは、試合後、1分40秒ほどのインタビューに応じたわけだけど、前述のやりとりはリアル。当欄で切り取って曲解を誘うつもりもない。感じ悪いふうに捉えられたとすれば、こちらが正しい伝え方をしていると思う。しかし、僕のモノサシで書けば、上野の物言いにはとてもシビれる。この期に及んで感じよく答えるなんてウソだと思っているので。

 このインタビューを受けて、NHK解説者の藤川球児はこんなふうに語っていた。

 「完全に勝負師の目でしたね」

 球児の言うその通りだと思う。上野からそれが伝わってきてぞくぞくしたのが僕の感じ方である。

 オリンピアンのようなアスリートでも個々によって発信の仕方が違う。一概にどんな装いが正しいと書くつもりはないのだけど、僕は上野のようなタイプが好きだ。

 話は五輪とは離れるけれど、10数年前、プロ野球のCSで敗れて笑っているあるチームの主軸選手を見た。取材もした。僕はこの選手を非難する気にはなれず、そもそもCSのシステムにギモンを感じていたので、それが確信に変わっただけだった。これも切り取って書くつもりはない。全てがそうとは言わないが、負けて笑ってられるプレーオフって何なんだ(そう感じている選手も多い)。ファイナルラウンドは屈すればグラウンドに倒れ込むくらい、インタビューをボイコットするくらいの戦いを見たいのだ。

 だから、実際にそうなる五輪は「特別」に思えるのだろうか。

 日本勢に初メダルをもたらした柔道女子48キロ級の渡名喜風南(となき・ふうな)には、母から贈られた「座右の銘」がある。 

 「死ぬこと以外はかすり傷」

 敗戦がかすり傷で済まないことを知るからこそ、その言葉を胸に刻むのだと思う。マウンドで生きるか、死ぬか。今夜、勝負師の笑顔を最後に見たい。=敬称略=

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