虎にとって一番いい

 【2月1日】

 ちょうど一年前の当欄を読み返してみた。殿堂入りした田淵幸一と大山悠輔の3年間の成績を比べ拙文をこんなふうに締めている。

 大山時代、到来。後に、20年をそう振り返りたい-。

 見出しは「20年を『殿堂入り』の入り口に…」。大卒4年目を迎えたドラ1への期待感をそのまま筆に込めたわけだけど、願い通り大山は大きく羽ばたいた。

 主将になった彼の溌剌ぶりを眺めれば、再び2月1日に大山への想望を書いてしまいそうだけど、今年の〈元日〉はもう一人の「入り口」に触れてみようと思う。

 4年目に咲いた花もあれば、4年目に垂れた大輪もある。

 同じ94年(平成6年)生まれながら大山とは異質のエリート街道を歩んだ藤浪晋太郎である。

 新人から3年連続2ケタ勝利を挙げた男の迷宮、その因子には様々臆測が飛ぶけれど、思い起こすのは右腕が4年目を終えた春だ。

 17年の2月半ば、侍ジャパンに選出されていた晋太郎は、ここ宜野座で日本ハムを相手に5回1失点。代表合宿(宮崎)へ向け、イイ顔で沖縄を離れたことを昨日のことのように思い出す。イイ顔といえば象徴的だったのは、その後米アリゾナで登板したカブスとの練習試合。決勝ラウンドの登板をかけたメジャーとの対戦で、4回3失点と結果を残せなかったものの、最速98マイル(158キロ)で5奪三振。それまでとはひと味もふた味も違う相好を見せたのだ。

 あの春、予感した。例え決勝Rでマウンドに立てなかったとしても今年はイイ年になる、と。

 ところが……。

 17年シーズンといえば、晋太郎以外にもWBCを境に低迷の沼にはまった侍がいる。3年連続2ケタ勝っていたロッテ石川歩は3勝11敗。2年連続50試合登板だった中日の岡田俊哉は9試合登板に終わり、ソフトバンク武田翔太は故障に泣き勝利も投球回も過去2年比で半数以下まで落ちこんだ。そして晋太郎は、登板、投球回が前年までと比べ半減(以下)して3勝。皮肉にも目標だった世界大会が低迷の入り口になったわけだ。

 ボールを米仕様に変えてずっと調整した17年の春である。繊細な指先に誤差を生じさせる商売道具の罪深さ…なんてことを僕なりに考えていたけれど、深みにはまった制球難の根源は本人にしか分からない。石川、岡田、武田のそれとは比較にならない数のメディアに「不振」の類の見出しが並んだこともメンタルを圧迫したはず。けれど、それもこれも阪神の宿命だと晋太郎は分かっている。

 「甲子園のスターである12年のドラ1、ドラ2が輝いてくれるのがタイガースにとって一番いい」

 5年連続ダウン更改になった昨冬の契約交渉で、球団本部長・谷本修から掛けられた激励である。

 再び綴じ込みをめくり、昨年2月5日の当欄を読み返してみる。

 藤浪晋太郎は必ず復活する-。 昨年たたき出した162キロがその入り口だったと信じ、宜野座で投じたこの日の158球を目に焼きつけておく。=敬称略=

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