5センチ上を振ればいい

 【9月1日】

 藤川球児という大投手をまだ細かった10代から見てきた。力投のたび帽子がマウンドに落ちる若かりしフォームは今も目に焼き付いている。が、その将来性については、まるで見る目がなかった…。

 球児は無類の存在になった。では、彼の何が凄いのか。どう素晴らしいのか。これを分かりやすく読者に説明してほしい。そういわれれば、「う~ん…」と唸ってしまう。何をどう書けばいいのか、恥ずかしながら文字にできない。通算セーブ数を見れば分かる。そりゃそうなんだけど、長年見てきた者がそれじゃ失格である。

 「僕みたいなピッチャーは球種をたくさん持っていないと抑えられないので色んな変化球を覚えてきたんですけど、究極をいえば、まっすぐ一本でバッターを抑えられるなら、それが最強の投手。変化球が要らないのですから」

 久保康友の言葉である。

 僕が「球児引退」を耳にして、最初に話を聞きたくなった松坂世代。久保には普段から家族が世話になることもあり、あらためて取材をお願いするのは不思議な感じがしたけれど、球児の偉大さをシンプルに教えてくれる男が側(そば)にいてくれて助かった。

 変化球の要らない投手-。

 現実的に、直球一本で仕事をするプロ野球投手は存在しない。ただ、そんな夢を見させてくれる投手なら身近にいたのだ。

 「僕ら松坂世代のなかで誰も入っていない名球会に入ってほしい思いはありました。でも、その思いは球児にしか分からないですし僕らがそれをどうこう言うのも違いますしね…」

 実は一年ほど前、久保と会って「やっぱり同じ世代ですから思い入れはありますし、球児にはぜひ250セーブを達成してほしいです」との旨を聞いていた。ただ、この日の久保は、言葉を選びながら球児の心中を思い遣った。

 「僕ね、昔、セキさんに言ったことがあるんですよ。バッターはみんな球児のまっすぐを空振りするじゃないですか。球が浮き上がってくるのが分かっているんだから、『いつもより5センチ上を振ったらいいじゃないですか』って」

 打者としては「自分はシロウトですから」という久保は、率直なギモンを関本賢太郎に投げかけると、こう即答されたという。

 「それが、無理やねんって…」

 関本に「打者の特性」を聞くまで、久保は不思議でしかたなかった。まっすぐ一本で待ってバットに当てることができない。それでもプロか。一流の打者か。いや、違う。指折りのプロの、そのずっと上をいくプロが球児であることを知らされた瞬間だった。

 変化球全盛になりゆく時代、まっすぐで勝負できた無双…唯一無二の侍。球児は松坂世代の誇りであり、久保の誇りでもある。

 阪神、DeNAを経て昨年までメキシコプロ野球で活躍した久保はコロナ禍により今は日本で英気を養う。来季も現役を続けるという「松坂世代最後の大物」。これまでも、これからも、球児へのリスペクトは忘れない。=敬称略=

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