空気、厳しさが違う

 【8月25日】

 鹿島アントラーズDF内田篤人が引退した。本来なら23日のラストゲームをリアルタイムで書きたかったけれど、夏休み中で…スミマセン。サッカー担当時代に触れた内田の魅力について少しだけ。

 僕が日本代表の内田に初めて挨拶したのは、ブラジルW杯予選ウズベキスタン戦の公開練習後。12年2月のことだ。槙野智章、李忠成、柏木陽介…共通の知人を介して面識をもった代表選手を取材したミックスゾーンで、初対面の内田に声をかけてみた。

 はじめましてのオッサン記者にとても丁寧に対応してくれて…そこで録った内田の肉声は古いスマホに残っているのだけど、何度聞いても感じの良さはハンパない。

 ここでいう〈感じの良さ〉とは取材者を思い遣る心はもちろんだけど、それ以上に、言葉の力…つまり、通り一遍のガンバリマス系でなくホンネを隠さない堂々感。それから何度か話を聞かせてもらう度、忌憚ない「ウッチー節」が心地良かった…ということだ。

 70分に及ぶ引退会見をすべて拝見し、心に響いた言葉がある。

 鹿島でリーグ3連覇を達成し、ブンデスリーガ・シャルケでチャンピオンズリーグという世界最高の舞台も踏んだ内田である。彼は32歳で現役引退を決断した理由について、自身が「鹿島アントラーズの選手であること」を挙げた。

 「他の日本のチームに行ったことがないのでハッキリ違いがわからないんですけど、鹿島に移籍してきた選手が言うには、空気というか厳しさは、他のチームとは全然違うらしいんです」

 鹿島生え抜きの選手にとっては日常でも、他軍の選手はその空気に面食らう。度重なる故障に苦しんできた内田は、この鹿島の伝統を、体力的に「後輩たちへ見せることができなくなった」ことで、引き際を悟ったというのだ。

 「自分が先輩たちから感じてきたものを次に残せていないなと。残さないといけないのが僕の本当の仕事だったんですけど、それができていないなと思い…」

 僕が内田を初めて取材したのは彼が24歳のときだから、阪神でいえば、今の高橋遥人と同い年。遥人が8年後に引退するなんて考えもしないように、当時は内田がこんな若さで退くなんて想像もしなかった。しかも、そんな無類の矜持が決定打になるとは…。

 ウッチーと同じサッカーどころ静岡の出身、高橋遥人が野球の聖地で輝いた夜である。ヒーローインタビューを聞けばファンを和ませる癒やし系…だけど、遥人を知る者に聞けば、芯の強さは無類だとか。24歳への注文としては欲張りかもしれないけれど、間違いなく阪神のエース候補であり、近い将来、日の丸を背負う逸材である彼にこそ阪神伝統の空気をつくってもらいたい。内田がそうであったように地位が人を作るのだ。

 阪神へ移籍してきた選手が言うには、空気というか厳しさは他のチームとは全然違うらしい-そんな伝統がほしい。そう感じているチーム関係者が実は少なくないことを僕は知る。=敬称略=

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