レター・フロム・アワジ
【7月14日】
淡路島へ行ってきた。来週から始まるGo To キャンペーンの予行…ではない。ある阪神OBに会いたくて明石海峡大橋を渡った。右に玉ねぎ農園、左に紀伊水道を眺めながら目指したのは…。
「お久しぶりです!風さん、お元気ですか?」
そのユニホーム、似合うなあ…っちゅうか、少し太った?
「少し…じゃないかも(笑)」
肘タッチで再会の喜びを分かち合ったのは、庄田隆弘。03年秋のドラフトで…そう、鳥谷敬と同期入団の庄田である。
10年限りで現役を退いた彼は今中学硬式野球「ヤング淡路」の監督を務める。お腹がふっくらしたから…いや、総勢55名の球児を預かる責任感からだろう。想像以上にカントクの風格が漂っていた。
智弁学園から明大を経て、シダックスで野村克也に師事した巧打の外野手だ。智弁時代は1年夏の甲子園で福留孝介擁するPLを倒し、4強。準決勝の星稜戦ではランニングホームラン…って虎党にそんなフーズフーは要らないか。
近本光司の輝きで注目度が高まる「フロム淡路」。近本は「ヤング淡路」出身ではないけれど、長閑なこの島から近本2世を輩出したい。きっとそんな野望を抱き…こちらの勝手なイメージで足を運んでみたのだけど、庄田は言う。
「そうなれば、もちろん嬉しいですけど、指導モットーはそこありきではありません。第一は野球を通じた人間形成です。どれだけ上手くても、ポテンシャルが高くても、人としてなっていなければ認められないですし…。野村(克也)監督の教えは大きいです」
ノムさんの申し子にとって「ノムラの考え」を共有した野球人は阪神時代も希少な存在だった。庄田の引退年がかすむのは、おそらく、同じ10年に矢野燿大が現役を退いたから…。庄田は語る。
「矢野さんも野村さんから教わった方ですし、僕がすごく影響を受けた人。今ここで監督をしてみて、全然ケタが違うんですけど、矢野監督の苦悩が分かる気がしますし、矢野さんの考え方や発言はいつも参考にさせてもらって…」
この夜もいつものように淡路島から声援を送り、阪神の連勝を喜んだ。近本はもちろん、明大の後輩・糸原や高山俊、坂本誠志郎の現在地も「ずっと気になります」という。その近本&糸原が奏でたエンドランが試合を決めた。キモはあの競演だったように思う。
明大時代の庄田といえば後輩に恐れられ…余計な見聞は控えるけれど、いま淡路島で奮闘する庄田監督は「静」である。ガミガミ怒らず、ジッと選手を見やる。そこにピリッとした空気が生まれ…野村、矢野らがお手本になるのだ。
プロで、阪神で、悔いはあるか?そう聞けば、庄田は言う。
「頑張らなきゃいけない時があります。その時にどれだけ人生をかけて頑張れるかで野球人生は決まる。当時は僕も(人生を)かけたつもりでしたけど、振り返ればまだまだやれたという悔いは残っています」-。淡路島から、後輩へ宛てた激励である。=敬称略=
