一生残る、一瞬のために

 【9月5日】

 DeNA打撃コーチの坪井智哉とは、このカードのたびに話をする。いつも会話の切り口は野球とは無関係の雑談から。今回は僕のメガネが話題になった。変なところで価値観?が合うので面白い。

 「そのメガネ、どうなってるんですか?反射してるから、こちらからは、そちらの目が見えないですよ。レンズは透明だから、サングラスではないんですよね?」

 なじみの眼鏡店の薦めで反射加工したレンズを買ったのだが、無色透明なのにサングラス並に僕の目が隠れるらしく、坪井は「どこを向いているか分からないですよ…」と、顔をのぞきこむ。

 当方が「そんなに、こっちの目見えない?まぁ、目が隠れているほうがいいかも…」と笑えば、坪井は「僕もそのほうがいい。普通の眼鏡屋さんで、そのレンズつくってもらえるんですかね?」と、えらく気に入った様子である。

 目を隠したいなんて根がシャイ…いや、繊細なのかも?

 近本光司が阪神の新人安打記録を更新し、2位・坪井の135本を超えていった夜である。

 実は、高山俊が坪井の新人安打数を超えた3年前、僕は坪井に取材を断られたことがある。

 高山の打撃センスについて、坪井がどう見ているのか尋ねると、「僕が彼(高山)のことをあれこれ喋るのって、どうなのかなって思うんですよね…」と、多くを語ろうとしなかった。

 坪井の阪神時代といえば、とにかく練習の虫で、番記者に対しては無口な男だった。いわば、記者泣かせの打撃職人だったわけだけど、僕はそんな彼のスタイル…今でいう〈塩対応ぶり〉に好感を持っていたし、だからこそ個人的に話をしてみたくなる選手だった。

 八方美人であちこち愛想を振りまく人間よりも、よっぽど信頼できるし、そんな人間のほうが発言に裏表がないように感じる。

 坪井がDeNAのコーチになって5年目になる。今季唯一負け越しているチームが古巣阪神なだけに歯がゆいかもしれないけれど、N・ソト、J・ロペス、筒香嘉智そして佐野恵太…故障の宮崎敏郎を欠きながらこの重量打線を預かる責任者として、坪井流のラストスパートが描かれるはずだ。

 打線、いいもんな!そう聞くと彼は「いえ、いえ」と首を振る。

 「うちはチーム打率低いですから…。ピッチャー様々なんです」

 謙遜…いや本音でもある。

 意外にも、といえば阪神関係者に怒られそうだが、確かにベイスターズのチーム打率はタイガースのそれよりも低いところにある。

 巨人が負けてホッとする夜。悪夢の10連敗を乗り越え、借金2ケタから初のリーグ制覇へ…坪井を応援する自分がいる。DeNAの選手、コーチ、スタッフは前カードからお揃いのTシャツを練習時に着用している。その背中には筒香キャプテン発案のフレーズ。

 一生残る、一瞬のために-。

 球団史に名を刻んだ近本に元虎のヒットメーカーを重ねる。坪井がG倒を成せば嬉しいのは僕だけではない…と思う。=敬称略=

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