ノックアウトステージ
【8月20日】
甲子園から京セラドーム大阪へ向かうと、同じ行動パターンの同業者と顔を見合わせ、こう呟く。「いい試合だったなぁ」。夏の高校野球準決勝はともに大差がついた。でも、いい試合だった…。
阪神球団の編成に携わる方と会えば、この時期はみなさん真っ黒である。僕も負けじと真っ黒…。「焼けてますね~」。球場で会えば、そう言って笑い合うのだ。
京セラドームのダッグアウトでP・ジョンソンに聞いてみた。
コウシエン、見てるかい?
「ニュースで見るくらいだよ」
日本でこれだけ盛り上がる高校生のトーナメントがあることは、米国にいる頃から知ってたかい?
「知っていたんだけど、今、テレビ中継までは見ていないんだ。でも、甲子園球場が満員になるくらい人気があることには驚いているし、すごいことだと思うよ」
P・Jの言う通りで、世界的にみても、高校スポーツの大会で5万人近く観衆を集め、これだけ国民的な盛り上がりを見せるイベントは〈間違いなく〉例がない。
高校野球はなぜ面白い??色んな要素があるけれど、僕の感性は単純。〈最後の夏〉に、負ければ終わりの勝ち抜き戦で決着をつけるから。サッカーのW杯で決勝トーナメントを「Knockoutstage(ノックアウト・ステージ)」と呼ぶけれど、KOをかけた〈時に非情な〉戦いはそれでもオッサン記者の胸を熱くする。
「ノックアウト」とは「相手を再び立ち上がれないようにたたきのめすこと」を意味するのだが、仙台育英監督の須江航が「『グラウンドに敵はいない』といつも生徒に言っている」と語るように、野球は「個対個」のどつきあいではない。相手を思いやる心、フォア・ザ・チームのマインドこそ、この競技の醍醐味である。
京セラドームでノックアウト・ステージを見た気がした。
なんといっても、五回の2者連続スクイズがそう。DeNAの守備陣形は定位置。内野へ転がせば1点の状況で、梅野隆太郎は2ボールからバント(ファウル)。青柳晃洋は1ストライクからバント(ファウル)。いずれも失敗に終わったが、先制点に執念を見せた矢野燿大のタクトである。
「いや…この歳になって、もう個人のそういうのはないですよ」
これは、福留孝介の弁である。
彼に何を聞いたか。来季の現役続行を大前提に「狙えるだけ、個人記録を狙って欲しいな」。そう振ると、この夜の殊勲者は笑った。
モチベーションにならない?
「ならない、ならない」
密かに楽しみにしている福留の偉業があるんだけど、当人は無関心だそうだ。「個」の栄誉はもう要らん、と。
2度(たび)スクイズが決まらず、あれれ…とイヤな感じがした後、木浪聖也の押し出し四球で胸をなで下ろしていたら、シャープに、格好良く、走者一掃である。
42歳が二塁ベース上で見せた魂のガッツポーズに、絶対負けられない〈甲子園の尊さ〉を見た気がする。=敬称略=