悪い時って楽しくない?
【5月23日】
高橋遥人が猛虎史に残るデビューを飾ったのは、昨年4月11日のカープ戦である。この試合、僕は終盤まで甲子園に居なかった。油をうっていたわけではなく、約束があってサッカー場にいたのだ。
ひと月以上前からヴィッセル神戸の関係者に招かれていたため、ノエビアスタジアム神戸でJ1リーグ神戸対浦和を観戦。間が悪く注目新人のデビュー戦と重なってしまった。ネット中継とにらめっこしながら高橋の快投が気になって仕方なく、浦和の先制ゴールを見届けると、ノエスタからタクシーで甲子園へ。高橋の七回のマウンドに間に合ってホッとしたのだった。あの夜の記憶はヴィッセルと阪神がオーバーラップし、今も高橋を見ると、神戸対浦和の情景が浮かぶという、妙な感覚が…。
6回を投げ終え、高橋はお役御免…。7回無失点だった昨季の残像とかぶる快投を眺めながら、やっぱり、ノエビアスタジアムの記憶が掘り起こされ…。今回はあの夜とは逆に、スマホでヴィッセル神戸のHPを検索してしまった。
「悪い時って楽しくないですか?みんなが良くなるために努力するから、僕は結構好きです」
これ、神戸の日本代表DF西大伍のコメントである。
悪い時…。
そうか。神戸は今どん底か…。 22日の名古屋戦に敗れ、公式戦は泥沼の9連敗。プロ野球よりずっと試合数の少ないJリーグの9連敗は、やっている選手にとってとてつもなく長く感じる。それでも西は「楽しくないですか?」と笑った。なかなか、言えない。
阪神の球団広報は「仮にウチが連敗した時に、選手がこれを言っちゃうと、新聞で大きな見出しになるでしょうし、おそらくネットでは炎上しますよね…」と苦笑する。ただ、この広報は「これを言える環境、いいと思います」と、〈羨ましさ〉もにじませた。
いや、どうだろう。矢野燿大なら……そう思わせるほど虎将はポジティブである。今カードの初戦を獲った夜、勝利監督インタビューでアナウンサーから「甲子園での連敗を5で止めました」と振られると、カメラが止まった後、矢野は「5連敗とかマイナスばっかり言うねぇ?プラスでいこうよ」と、一瞬真顔になって言った。
このメンタル、選手にも伝染すればいいなとずっと思っている。
九回サヨナラで甲子園3連勝である。殊勲の糸原健斗が、お立ち台で真っ先に「北條史也の繋ぎ」を称えたのが印象的だった。
矢野は打率2割に満たない北條をスタメンで起用し、その24歳が無安打で迎えた4打席目にHランプを点灯。劇的勝利を呼び込んだのだから、心も癒やされる。
「死んでませんから。考えることが大事なんです」。ヴィッセル西はそうも語っていた。
長丁場、チームにも、選手個々にも、波は必ずある。今春キャンプのMVP男のことがずっと気になっている。悪い時は良くなるために努力できる時-。北條は死んでいない。彼の泥臭いヒットが何より嬉しい夜である。=敬称略=