10割の力で打つ難しさ

 【5月21日】

 旧知の『週刊ベースボール』編集者が甲子園に来ていた。何でも来週水曜発売の同誌にプロ野球の「変化球特集」が組まれる予定だそうで、この日は「西勇輝のスライダー」を取材したのだという。

 「投球とか走塁とか技術系の特集を組むと売れ行きがいい傾向にあるみたいです。逆に、ホームランを打つようなスラッガーが表紙になったりすると、あまり(部数は)伸びないようなんですよ」

 同誌の編集者はそう語った。つまり「変化球特集」の次号は技術の話だから、売れ行きが期待できる…ということ。ではなぜ、飛ばし屋、スラッガーを特集すると、それほど数字が伸びないのか。

 編集者と一緒に推察してみた。専門誌の読者には、実際にプレーしている中・高・大学生、アマチュアの選手が沢山いる。そういう選手にとって「これを読めば自分のプレーの一助になる。役立つかもしれない」という向上心が購買意欲をかき立てる。一方で、かつての松井秀喜のようなスラッガーの特集、逸話を読んでも、それはもう「憧れ」の対象であり、あんな飛距離は自分の手の届かないもの、参考にできない領域…という思考がはたらくのではないか。

 手の届かない、憧れ……といえば野球の話ではないが、先日、世間の注目をさらったボクシング井上尚弥である。僕も中継を観たがあまりにも圧倒的で言葉が出てこなかった。本紙評論家で元世界チャンプの長谷川穂積は、井上について興味深いことを語っていた。

 「パンチを全力で打つのは実は難しい。防御面やバランスを考えると、8、9割の力で打てても、10割の力で打つのは怖さを伴う。しかし井上は当てたら倒せるという自信があり、躊躇なく打てる」

 「全力」の難しさは、ボクシングでも野球でも、一流の舞台で戦う競技者でなければ分からない。

 誰もが松井のように飛ばすことはできない。でも例えば、常にフルスイングを心掛けることはできるのでは?そう思い、取材した。

 「早いカウントでは、強くは打ちたいです。追い込まれてからは何とか自分でやれる範囲で強く振る意識でやっています。昨年までは追い込まれたら右へ…みたいな雑になる感じがあったんですけど今は引っ張れる球がきたら引っ張ってやろうかな、と。今年は代打を送られなくなりましたし、自分が何とかしたいという気持ちも強い。結果を恐れずにやれていることが大きいと思っています」 

 四回に決勝打を放った梅野隆太郎はそう話した。カウントは2-2。追い込まれてから変化球を全力で引っ張ると、打球は三塁ベースに当たり転々。躊躇ないフルスイングが幸運を呼び込んだのだ。

 連敗を止めた夜、甲子園の通路で矢野燿大は僕に言った。

 「隆(りゅう)は3割打っているし、盗塁も刺している…でも俺がいつも言うのは、あいつの全力で走る姿。一塁までもそうだし、きょうの(ホームまでの)走塁もそう。全体の姿を見たときにこいつに任せていいんじゃないかな…って思うんよな」-。=敬称略=

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