25年かかった?それは違う

 【9月2日】

 久々に姿を見掛けたので、張り気味に「倉!」と声を掛けた。すると、旧知の中国新聞社記者から「ここでは、『倉サン』のほうが…」と“注意”されてしまった。

 「いえいえ、そんなん、いいっすよ。風さんに『倉サン』なんて呼ばれたら気持ち悪いんで…」

 笑って首をふったカープ2軍バッテリーコーチ倉義和とは、彼の新人時代から20年の付き合いになる。当時22歳だった彼はもう43歳になり、現在は中村奨成ら次代の正捕手育成に精を出している。

 3日前にウエスタン・リーグ広島戦の取材へ行ってきた。昨日も一昨日も、その由宇(ゆう)遠征の話を書いたので、これで3日連続になるが、また書こうと思う。

 倉しかり、カープの2軍には馴染みのスタッフが多いのだが、みんな口を揃えて聞いてくるのだ。

 「カネさん、大丈夫ですか?」

 この「大丈夫ですか?」には、いろんな意味が含まれている。彼らのそれは決して軽口の類ではなく、「昔仲間だった同志」として本気で心配しているんだと思う。

 3連覇目前のカープは今まさに黄金時代を迎えている。昨年はファームもリーグ制覇し、親子Vを達成。他球団が羨む王国になったわけだが、1、2軍の政権はともに、僕がカープ担当だった頃に現役だった人材で構成されている。

 「カネが監督をやっとる間は、やっぱり阪神の試合も気になるわな。阪神と巨人だけは、ファンが待ってくれない球団じゃけ。そこは、ほんまに難しいと思うよ…」

 金本知憲と同い年のカープ2軍監督、水本勝己はそう語る。

 由宇で立ち話した赤ヘルのスタッフはみんな「カープはここまでくるのに25年かかったんだから」と、これまた口を揃えるのだ。

 25年…ご存じのように、それは山本浩二政権で優勝した91年から16年Vまでの期間を指す。FAなど大型補強に頼らず、自前で育成した生え抜きで強国をつくるにはそれくらい、気の遠くなるような時間がかかるもの。短期間で託される身になれば…というわけだ。

 「カネ、身体は大丈夫か?」。水本は真面目な顔で金本の健康面も案じていた。「今のところ、身体は大丈夫そうですよ」と答えておいたが、臆測も無責任な話。心身の痛み、苦悩は、本当のところ本人にしか分からないわけで…。

 精神安定剤は、とにかく勝つことである。おととい、そしてこの夜のDeNA戦のように。

 金本に笑顔が戻った。敵失につけこんだ三回のビッグイニングは福留孝介、俊介…ともに文句なしのシゴト。あの流れの中で、僕はとりわけ陽川尚将の犠飛、大山悠輔の四球に拍手をおくりたい。派手じゃない。それでも、しっかり査定にはねかえるシゴトである。

 今季初勝利の青柳晃洋…彼は2軍で結果を出していた。なぜ、ここまで呼ばれなかったのか。金本には青柳へのある思いがあった。

 「カープは25年?それは違う。10年だよ」。由宇から帰って金本と話すと、そう返された。この件そして青柳への思い…明日からの広島戦で書きたい。=敬称略=

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