王者の「秋」を見たかった

 【11月19日】

 店の時計を見ると、7時20分だった。場所は宮崎日南のカープ宿舎「日南第一ホテル」。その1階のレストランで暢気に朝食を食べていたときだ。ガチャガチャ、キーと音がして、ガラス窓の向こうに一台の自転車が通り過ぎていった。赤のジャンパー。背中にリュック。その男は誰もいない表通りを白い息を吐きながら、キャンプベースの天福球場へ走り去った。

 前の日の夕方に高知を出て、最終便で宮崎へ入った。空港でレンタカーを借り、真っ暗な海岸沿いを1時間かけて油津港へ。カープの宿舎へ到着すると、チームのスタッフが翌朝の早出練習に参加するメンバーを教えてくれた。

 19日は阪神秋季キャンプの打ち上げ日である。それは分かっていたけれど、どうしても見たいものがあったので、安芸を離れた。

 セ・リーグのチャンピオンがCSファイナルステージで敗れた先月24日、夜のことだ。カープ監督緒方孝市が決めた秋季キャンプのメンバーを聞いて驚いた。丸、菊池、田中、安部、松山…。冗談かと思って、打撃コーチの東出輝裕に再確認した。「え?本当だよ。どうしたんですか?」。東出はサラッと言ったけれど、バリバリのレギュラーが秋のキャンプへ??とても興味があったので、その時に決めた。必ず見に行こう、と。

 それにしても、早くねえか…。チーム一早く球場へ向かった自転車の主を追い掛けていくと、背番号7がバットを手に室内練習場へ歩いていた。堂林翔太である。「あ、おはようございます」。九州地方は今季一番の寒気。それでも、笑みを向ける堂林の表情は熱気に満ちていた。早出練習を見ると、野間峻祥とともに打撃コーチの投げる球を色んなアプローチで打ち返している。金本知憲は常々「ただ長時間やるのではなく、いい練習を沢山することが大事」と言うが、その空間にあったのはまさにそれ。ガンガン一方通行の指導ではなく、コーチが意図的に対話に時間をかける。双方の信頼関係が不思議なほど伝わってきた。

 「風さん、来るの遅い。最終クールに来ても、もう解(ほど)きにかかってるよ」。東出からダメ出しを食らった。日南の秋季キャンプもあと2日。丸佳浩の練習はじっくり見られたが、レギュラー陣で既に調整拠点を変えているメンバーもいたからだ。「主力も若い選手も、このキャンプのあとが大事だね」。東出はそう語る。

 連覇の立役者といわれた前打撃コーチの石井琢朗がヤクルトへ移籍し、打撃部門を預かるのは東出と迎祐一郎の2人になった。琢朗イズムを継ぎながら、この両人が3連覇へ新たな風を吹かせられるか…。僕の楽しみでもある。

 中国新聞のコラム「球炎」にこんなことが書いてあった。石井前コーチにカープ強力打線の手応えを感じた時期を聞くと、就任最初(16年)の春季キャンプ初日だったという。「冬の間も全員が休まずに鍛えていた」からだと-。安芸を離れるとき、金本は僕に言っていた。「オフが大事。秋よりも冬が大事なんだよ」。=敬称略=

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