清宮幸太郎の意中

 【9月23日】

 この世界で取材をして20年以上になる。先日、デイリースポーツの新人から「今までで一番緊張した取材って何ですか?」と聞かれた。一番ねぇ…。返答に困った。社会ネタなら「オウム真理教事件」かな。刑務所を出所した上祐(じょうゆう)史浩の車をレンタカーで追い掛けたときはハンドルを握る手が震えたもんな。芸能ネタなら、吉永小百合と一対一になったときは自分で何を言っているのか分からなくなったし、サッカーなら、憧れのカズを初めて取材したときは舞い上がったし…。

 そう、そう。プロ野球に限ればダントツがあるぞ…。

 王貞治の取材である。

 あれは08年12月。場所はハワイ・ワイキキの高級ホテルだった。同年、2000安打を達成した金本知憲が「名球会」総会に初参加するというので同行したのだが、落とせないミッションは「世界の王」からコメントを引き出すこと…。新会員の金本へ激励をもらう為、それまでまるで面識はなかったが、声を掛けさせてもらった。

 月並みな表現だけど感激した。初見の記者にも目を見ながら丁寧に、貴重な言葉をいただいた。どう表現すれば、あの感情が読者に伝わるだろう。王という人がその偉大な記録によってのみ敬われるのではないことが、たった一度の取材で理解できた。「野球人である前に社会人であれ」-これは川上哲治の名言だが、王貞治を模範とした教示であると感じる。

 「やるからには、王さんのような人間になりたいと思いますし、野球人にもなりたい」-。

 プロ志望を表明した清宮幸太郎は22日の会見でそう話した。「868本塁打を目指せるような選手になりたい…」などインパクトある発言も沢山あったが、目指すのは王の「記録」だけではない、という彼の志はとても心に残った。

 先日このコラムで予想した通りタイガースがいの一番に清宮の「1位指名」を表明した。ファンの感情はそれぞれだと思うけれど、僕は阪神球団の覚悟に敬意を表したい。メジャー挑戦をサポートしポスティングを認める…そんな類ではなく、清宮を「預かる」覚悟である。これだけ注目を浴びる至宝だから、その才能を停滞させることはできない。責任、重圧全て背負ってでも、この天才を我々の手で満開にしたい-きっとそんな思いを込めた球団社長、四藤慶一郎の決意表明が頼もしかった。

 この世界で20年…阪神でも過去に色んな選手を見てきた。「野球に集中したい」という大義のもと人格形成をないがしろにし、その結果、野球人として失墜した選手もいた。「伝統球団の難しさ」を弁明にしたところで選手の野球人生は戻ってこない。「社会人として成長させてもらえる球団」を意中とする清宮へラブコールを送る以上、相応の覚悟が必要になる。

 「プロ野球選手は野球だけでなく、人格的にも社会で認められるようでなければいけない」。これも川上の言葉である。王さんのような人間に-。年間40発よりも尊いハードルだと思う。=敬称略=

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