「心」の勝利

 【9月18日】

 おめでとう、新井貴浩…。カープの連覇が決まった瞬間、心からそう伝えたくなった。赤い渦の真ん中で、真っ先に中崎翔太へ飛びついたのは背番号25。虎党は複雑かもしれないけれど、カープに新井がいなければここまで強くなっただろうか…とさえ、僕は思う。

 昨季2000安打にMVPと絶頂だった男は、今年もここ一番で打ちまくった。最も慕う黒田博樹がいなくなった17年。新井を突き動かしてきたものは何なのか…。

 新井と同期入団で、現打撃コーチの東出輝裕が教えてくれた。

 新井は今春の日南キャンプ中、毎朝5時に起き、夜明け前の港町をひとり黙々とランニングしていたという。東出が早起きして朝食会場へ行くと、新井はもう食事を済ませ…一カ月間、40歳はそんな日々を過ごしていたそうだ。僕もそうだけど、彼の入団時を知る者からすれば、まるで別人である。

 東出と新井。同じ98年度ドラフトの1位と6位。片や高卒ながら即戦力。片や大卒だけど、モノになれば儲けもの…。注目度は天と地ほど違っていた。それなのに、新井は練習が「嫌い」だった。本人はよく「やらされた練習でした」と振り返る。でも果たして、やらされて本当に力になるのか。東出は言う。「なるんですよ」と。

 「若い頃の新井さんは首脳陣の居場所を確認しながら、バットを振っていました。目を盗んでサボっていたんです。でも、あの人は若い頃に、やらされて、やらされて、ここまでの選手になったんですよ。内田(順三=元カープコーチ、現巨人2軍監督)さんは言っていました。『量が質を生むんじゃ』と。新井さんはその典型の人です。だって、ただの石ころがダイヤになったんですから…」

 新井は、石ころだったの…?

 「ダイヤの原石じゃないのに、ダイヤになった。凄いことです」

 東出は新井より4学年下のコーチということになる。敦賀気比時代から彼を知るが、キレイ事が嫌いな男。全て本音だし、遠慮がない。でも、だから心地良いのだ。

 新井は石ころだった。ならば、どんな石ころだって、ひたすら磨けば、いつかダイヤになるのか。

 新井と8カ月前に交わした話がある。炎の護摩行を終えた夜、彼が鹿児島で語ってくれた言葉だ。

 「心・技・体と言うじゃないですか。技術が土台にあって次に体がきて心だよ…という人もいる。みんな考え方は違うと思うけど、僕の場合、一番大切なものは心。心がグッと締まって強くないと、いいパフォーマンスは出てこないんです。もちろん、体力、技術は大切。でも、一番は心です」

 胴上げの後、祝勝会場へ向かう新井に今一度、確かめてみた。

 「そう言ったこと、覚えてますよ。朝走っていた?それも同じことです。原動力は去年も今年も同じ。心が体を突き動かすんです」

 若い頃は、これでもかとやらされて石ころを磨いた。そして今は心が体を…。カープへ戻り、新井の心はグッと締まった。今度そうなった理由をじっくり聞いてみたい。磨いた石をダイヤに変える魔法こそが、心なのか。=敬称略=

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