見えないチカラ

 【9月14日】

 カタチのないものを信じますか?そう聞かれれば、僕は「はい」と答える。この世界で仕事をしていると、ときに見えないチカラを感じることがあるからだ。例えば高校野球なら「甲子園には魔物が棲(す)んでいる…」。そんな表現を聞いたことがあるかもしれない。説明のつかないチカラが信じ難いプレーを生む。プロ野球にだって、ある人にはある。

 カープが優勝マジックを「1」とした夜。マツダスタジアムで赤い波を眺めながら、新井貴浩の「心」を思った。大型ビジョンでTG戦を見届けた彼は笑っていた。昨季は黒田博樹との抱擁がファンの涙を誘った。おっさん記者の涙腺は脆いんだから、あれはダメだ…。さて、今年はどんな心境でその瞬間を迎えるのだろうか。

 99年のルーキー時代から新井を見てきた。こんなこと書くと、カープファンから怒られるかもしれないけれど、まあ、何をするにも不器用な男だった。パッとしないとまで言ったら、失礼か。ただ、本人も「僕はセンスがない。下手クソだから練習するしかないんです」と、あの頃から十数年、ず~っと同じことを話してきた。だから、そんな自覚はあったんだと思う。「下手クソ」がプロになれるはずがないのだが、特に守備はお世辞にも上手くは見えなかった。

 そんな彼が2度のタイトル、2000安打、MVP、そして2度目のV…。バラ色の野球人生が待っていた。これは書き尽くされたことだけど、新井がプロで迎えた初の転機は03年シーズンである。あれは金本知憲がFAでカープから阪神へ移籍した年。プロで初めて4番を任されたのがこのシーズンだった。けれど、現実は厳しかった。前年全試合出場で28本塁打した彼は空回りし、金本の代役どころか、途中で行き場を失ってしまった。その年の最終打率は・236。翌04年にいたっては規定打席にも届かなかった。主砲どころかレギュラーの地位を失った。

 そしてプロ7年目の05年、新井は補欠として開幕を迎えるのだ。

 05年の新井といえば…ご存じの通り、本塁打王である。確かにあの年、彼の名は開幕オーダーになかった。なのに、終わってみれば40本の金本をしのぐ43本塁打。新井の同シーズンを思い返すとき、「目に見えないチカラ」に支えられていたんだなと、感じるのだ。

 あの年カープの開幕三塁はグレッグ・ラロッカ。が、助っ人はいきなり2戦目に故障し、思わぬ形で新井に出場機会が巡ってきた。

 「色んな巡り合わせで僕にチャンスがきて、結果的にはそのチャンスを活かすことができました。諦めずにやることの大切さとか、色々と感じることはありましたけど、自分の力だけではどうしようもないこともありますからね…」

 新井はそう語っていた。「下手クソ」から始まった野球人生は逆風だらけ。そのアゲインストも並大抵ではなかった。それでも彼は文字通り泥だらけになりながら、見えない力を味方につけたのだ。さあ明日、新井の二度目の歓喜を見届けよう。=敬称略=

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