だ・れ・か・・・

 【8月27日】

 記者席でスコアブックに日付を記して思い出した。19年前のこの日、僕はイタリア中部の街、ペルージャに降り立った。同年セリエAへ移籍した中田英寿の取材だ。なぜ、覚えているか。中田が自身の公式ホームページで綴ったSOSが今も忘れられないからだ。

 当時、中田と日本メディアの関係は冷えきっていた。開幕戦を控えたペルージャでの公式練習後、中田のホームページを開いてビックリしたことを思い出す。

 だ・れ・か・た・す・け・て

 中田はファンに向けた日記にそう記していた。ユベントスとのデビュー戦で2ゴールし、「黄金ルーキー」として瞬く間に名を売った。けれど、日本メディアとの確執は深刻で「このままでは、心が壊されてしまう」と書いた日もあった。彼は“日本のマスコミはサッカーの本質を知ろうとしない”という論調で、いつしか口を閉ざすようになった。理解者がいない…。当時、中田の「嘆き」はそういうものだと僕は解釈していた。

 日本中から脚光を浴びる「黄金ルーキー」の気持ちは想像がつかない。サッカーも野球もそうだ。甲子園で春夏連覇したプラチナ右腕を入団時から見てきて、ずっとその内面に興味があった。僕の知る限り、メディア側の人間は概ね藤浪晋太郎に好意的である。野球の本質を外れる取材にも丁寧に応じ、仏頂面で口を閉ざしたことは一度もない。それでも自身が今回のような危機に直面すると、公にSOSを発しないまでも、やはり孤独感は伝わってくる。

 制球難で表舞台から遠ざかった今季。3年目までの順風がウソのように、逆風にさらされた。5月末に出場選手登録を抹消され、2カ月半のファーム暮らし。こんな時に話すことなんてない…本人はそんな気持ちだったと思う。でも僕は藤浪の行く道を追ってきた。彼が本当に復活を遂げた時、克服までの本質を書きたいからだ。

 この日、金本知憲は嬉しかったと思う。巨人に負け越してロードを終えるのは気分が悪い。それでも、暗闇から這い上がってきた藤浪の姿に心は満たされたはずだ。

 藤浪を1軍へ送り出した2軍投手コーチ久保康生は言っていた。

「今の時代、SNSだとか、もちろんメディアもそうだけど、色んなことを言いたい放題言う人がいる。例えれば、藤浪丸という船はあちこちから弾(たま)を撃たれて傷だらけだったと思いますよ。でも、彼のほうからは撃ち返せないわけだから。弾をはじき返せる場はマウンドしかないんですよ」

 カープ戦で大瀬良大地に死球を与えた前回登板の後、「藤浪は一度リセットが必要なのでは」と久保に問うと、そう返された。

 藤浪とじっくり話せば、心の優しい、野球に対して嘘をつけない人間だと感じる。だから仮に「だ・れ・か・た・す・け・て」と叫べば応じる理解者は多いと思う。以前「リセットが必要」と書いた僕は理解者じゃないかもしれないし、必要なければ、もちろん◎。復活までの本質を書ける日を楽しみに待っている。=敬称略=

編集者のオススメ記事

吉田風取材ノート最新ニュース

もっとみる

    スコア速報

    主要ニュース

    ランキング(タイガース)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス