女神に会いたい

 【8月9日】

 エアカナダのキャビン・アテンドに知り合いがいる。街で声を掛けて知り合ったトロント生まれのカナダ人である。ナンパやん?と疑われそうだけど、全く違う。

 人は窮地に追い込まれたとき、なりふり構わず生きる道を探す。このままじゃ、ヤバい…と。あの夜がそうだった。01年の4月。メジャーリーグ、エクスポズ対メッツの取材でモントリオールのオリンピックドームを訪れたときのこと。この時期のカナダは関西の冬よりずっと冷える。ナイターを終え、スポニチのカメラマンと共にドームの外に出ると大雪…。宿舎まで30キロ以上。吹雪でタクシーが全く見当たらない。傘もなく、30分、1時間…冗談抜きに、体温低下で意識が朦朧とし始めていた。

 ヒッチハイクしかない。ヤケクソで一台、また一台と、手をあげた。すると、小型のBMWが目の前で止まり、窓が開く。暗闇で容姿は分からなかったけれど、運転席の女性に助けを求めると、「ダウンタウンのマリオット?自宅へ帰るついでだからいいわよ」-。おお、女神…。そうして恩人のCAとメル友になり…いや、ここでそんな話をしたいわけじゃない。

 その翌日、元カープで当時メッツのティモニエル・ペレス(金本知憲の元同僚でもある)にそのことを伝えると「そういうの、日本のコトワザで何かあったね?野球選手が必死になる時、言うでしょ」という。火事場の…いや違う。何だっけ?と考えたけれど、結局いい言葉が思い浮かばなかった。

 なりふり構わず…。周囲の目を気にせず、懸命にもがくさま…。今、阪神を取材していて西岡剛の振る舞いにそういうものを感じるのだ。球団のスタッフに聞いた。西岡は今遠征、宿舎内で朝から若手に交じり、自身のメニューにないコンディショニング、トレーニングに精を出しているという。アキレス腱断裂から再起を目指し、ここまでこぎつけた。スタメン落ちの現状は不本意だと思う。それでも、ベンチで張り出す声、練習中の熱気…。そういうもの全てを見ていると、彼の躍動感の中に(失礼ながら、阪神入団時とは違う)純粋な懸命さを感じるのだ。

 喉がカラカラなのか。西岡の顔が明らかにこわばっている。六回だ。かつての日本代表。かつての首位打者…。青柳晃洋の代打で打席へ向かう、実績に溢れる背番号5の顔が緊張しているように映った。3球目、ブラッシュ球にのけぞると、冷やっとさせられる。阪神移籍後の大ケガは2度とも巨人戦。もう悪夢はゴメン…。凡退しても新人のように這いつくばる姿に、何だかこちらも救われる。

 前夜、カープに優勝マジックが点灯した。00年以降、マジックを出しながらリーグ優勝を逃したのは17チーム中、3チームのみ(07年の中日、08、10年の阪神)。金本が「上しか見ない」というもののゲーム差を考えれば苦しい。再逆転で自力優勝が復活した夜。いい言葉は見当たらないけれど、なりふり構わず、一つ、また一つ戦っていけば、きっと女神が待っている…そう信じたい。=敬称略=

編集者のオススメ記事

吉田風取材ノート最新ニュース

もっとみる

    スコア速報

    主要ニュース

    ランキング(タイガース)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス