ディスる価値

 【6月7日】

 誰もが知る、国内屈指の大企業のトップと面識がある。というか親友だ。中学のクラスメートでウマが合い、よく家にも遊びに行った。CMのメロディーを聞けば子供たちも口ずさむ、業界ナンバーワン。そのトップが言う。

 「内部で主張をぶつけ合わない組織は成長できない。空気を読んで意見を言わない人間が重宝される。そんな低レベルな組織が生存競争を勝ち抜けるわけがない」

 プロ野球界も同じだと思う。人の顔色を見ながら、腹に抱えることを口に出さない。吐き出す場所を選ぶ…つまり陰口をたたく。少なからずどこにでもある現象だけれど、これが蔓延るような非生産的な組織は、勝負どころで必ずボロが出るような気がする。

 阪神はどうだろう。内部に身を置いているわけではないので、リアルな人間関係は分からない。だけど、このチームには「光」を感じる。というのも、きっちりと「物言う年長者」がいるからだ。

 野手では、主将の福留孝介。投手ではこの夜先発した能見篤史がそうである。何時もポーカーフェースを崩さない左腕を見れば、想像がつかないかもしれない。このスマートでクールな男が実は女房役には遠慮がない。梅野隆太郎とのコミュニケーションに興味があったので能見に聞いてみると、まるで馴れ合いはないという。

 「今年は皆が梅野を褒めているじゃないですか。だから、僕はあいつをディスっていますよ」

 ディス・リスペクト(disrespect)=尊敬の逆。つまり「けなす」「罵る」がその意だが、何もベンチ裏で罵倒しているわけではない。正妻に成長すべきハードルを設定し、満たさなければ厳しく指摘するというわけだ。

 リードは経験がものをいう。投手との理解を深める作業は場数を踏まずして向上しない。だから、それ以外の基本的な技術…例えば落ちる球を後ろにそらさない、刺せる走者は確実に刺す…そんな心得はいつもうるさく言うそうだ。

 能見は今季一度だけ「暴投」を記録している。先月の中日戦のこと。失点が絡むバッテリーミスだったが、球種はフォーク。翌日、梅野を捕まえ「あれはストップして欲しい」とはっきり伝えた。

 「(フォークの)サインを出している時点でね…。梅野に言うんです。『俺は愛情ないぞ』って。毎日試合に出て、盗塁も刺している。そこは評価されていいんですけど、まだ(レギュラーとして)一年もやっていない選手なんですよ。周りが褒めて褒めて…になると、それが慢心につながることもある。そうなると、大事なところでボロが出ると思う。あいつのためにならないでしょ。ランディ(メッセンジャー)も言っていると思いますけど…」

 前回登板を終えた能見はそんなふうに語っていた。

 ここまで防御率1点台の左腕が5回まで1失点。阪神は勝ち切るべき試合を落とした。痛い星に違いないが、大切なのはこの後。能見と梅野が本音をぶつけ合う時間が有意義であればいい。=敬称略=

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